コロナ禍にうつむきがちな状況で、人々に勇気を与えた世界のグッドニュースにその共感の芽を見つけてきた「ライオンズグッドニュース」。今年度からここカンヌライオンズの日本語オフィシャルサイトで連載を受け継ぐこととなった。コロナ禍の環境は一進一退という状況が続きつつも、先んじて語られてきた「ニューノーマル」はすでに違和感なく私たちの日常に浸透・定着してきたのかも知れず、もはやなにが新たな習慣なのかさえ意識しない状態にいるのではなかろうか。振り返ってみれば、以前は戸惑いながらも対応していた様々な出来事さえ、この1年でさも昔から当たり前のようにやってきたことのようにこなしていることも多い。 

 一方でコミュニケーション領域においては「不寛容の時代」と言われ、ソーシャルメディアを通じた個々の発言が思わぬ攻撃に晒され、それをこぞって徹底的に叩くといった事象も多発している。ジャーナリストが取材し報道する社会的ニュースとは位相の異なる情報で、日々世間が賑やかしく騒ぎ立てるニュースも多い。しかしその中身がなんであれ、多くの生活者の関心を掴み、議論させより良い回答を導く出すためのプロセスなのだと信じたい。ともあれ、多くの人々が関心を持ち賛同し共感を覚える事柄とはどういったものなのか、このライオンズグッドニュースはその裏に潜む、あるいは要素として溶け込んだエッセンスを抽出しつまびらかにしていくつもりだ。

 個々のソーシャルメディア発信による情報氾濫の時代、その中で取り沙汰されるニュースの本質を皆で見つけていきたい。そしてまた本企画の制作チームの関心から「PR×CR」の目線で各種事例を紹介し、その影響力についても考察していく。

 連載の場を新たにしたこともあり、ここでの記念すべき第一回はコミュニケーション業界のレジェンドであり、日本で初めて戦略PRを標榜したCRブティック「ドリル」の代表も務めた、杉山恒太郞氏へのインタビューを通じて、現在の環境下におけるコミュニケーションの在り方や、現在取り組んでおられる仕事、そしてその心構えについて共有したいと思う。

杉山恒太郎
株式会社ライトパブリシティ代表取締役社長
東京都生まれ。立教大学経済学部卒業後、電通に入社。クリエーティブディレクターとして活躍。1999年よりデジタル領域のリーダーとしてインタラクティブ広告の確率に貢献。電通取締役常務執行役員を経て、2012年4月ライトパブリシティへ移籍。2015年4月より現職。2017年経済同友会加入。カンヌ国際広告賞国際審査員、大阪芸術大学客員教授。

●主な作品
小学館「ピッカピカの一年生」、セブンイレブン「セブンイレブンいい気分」、サントリーローヤル「ランボー」、ACジャパン「WATER MAN」他、国内外の受賞多数。
●2018年第7回クリエイターズ殿堂入り

1 外部環境が大きく変化する中、現在はどのようなお仕事をされていますか?

 ソーシャルメディアやオンライン環境の定着、すべてにおいてDX化などが語られる中、一周回って自分が面白いと思っているのは実は新聞広告だったりする。オンラインでニュースを見ていると、やはりそのアルゴリズムによってある種の偏った情報についつい誘導されてしまうのではという不安も感じる。「ながら」で見ているとそこに気づきにくいが、やはり情報は自ら取りにいく、周辺に溢れかえっているようなものとは違う、何か新たな発見となるような出会いと感じてこそ価値がある。私が新聞広告に注力するのは、現状その評価を他のメディアと比較して下げてしまったように見えている新聞というメディアから、敢えて情報を取得しようとしている人々の属性に興味があるし、そのような意志、能動的な姿勢を持つ人たちと対峙することにある種の意味を感じているからだ。

 新聞の読者層がビジネスマンのみかと思うと、実はそんなことはなく、学生だって主婦だって、新聞というメディアからこそ得るべき情報があると考えている人が集まっているはずだ。そういった人々が集まるクラスターにアプローチできると考えれば、新聞というメディアの価値と神髄を期待をもって再定義できるはずだ。新聞に限らず、目的に沿って現代のメディア価値をそれぞれ見直し、フラットに評価して活用することが、これからの時代には求められるだろう。そして、そういう考え方こそがクリエーティブであり、またその視点が発揮されるべき時代となったとも見るべきだろう。

2 これからの広告やコミュニケーションはどう変化すると思いますか?

 すでに国内広告予算において、テレビの広告費用を抜きインターネット広告がトップとなっている。かつて25年前に始まったインターネットメディアの台頭がこの四半世紀でほぼ定着したわけだ。その意味で、この25年は短い期間でありながらもコミュニケーション業界に大きな変化をもたらしたのではないか。しかし、先の話にも通じるが、インターネットを含めてメディアをユーザー数(読者数、視聴者数)で語るのは今は意味がないと思う。先に述べたように自分は一周回って新聞広告への関心がさらに高まっているし、もうひとつ気になるメディアとしてラジオがある。ラジオも新聞同様、個々の番組やパーソナリティを中心に個性ある視聴者コミュニティが生み出され、リスナー同士の干渉を通じてそれが自己増殖していくという特性がおもしろい。要はメディアという器そのものでなく、ある特性をもった場に集まる人々がどういう人なのかを知ることが大事なのだ。それは一昔前の分析のように、金太郎飴のような同じ顔の人ではなく、個々が違う顔を持っている。しかし何かしらの接点でコミュニティとして存在しているのだ。それらの人々をどういう塊として認識し、どう仕掛けていくのか。どうすればその先により深いエンゲージメントを生み出すことができるかを考える能力が我々には求められていると思う。

 そもそも広告(advertise)の語源の一つは、ラテン語の「advertō(~に向かう/注意を向ける)」であり、「広告」という言葉が持つ「広く告げる」ということとはニュアンスが違う。伝えて終わりではなく、目的をもってある集団を一定の方向へと導くことが最終的なゴールであり、そこで成果を上げてこそ意味を成す。各メディアの発行部数や視聴率といったものを背景に、いくらリーチ数のみを稼いだとしてもそれは目的を達したことにはならないと私は考えている。

3 ご自身の中に生まれたニューノーマルはありますか?

  自身の変化で言えば、やはりオンライン会議の日常化が一番の変化かも知れない。しかし、逆にこの日常を経験することで、リアルで会って話すことは重要だと再認識したし、中身の濃さにも紐付くことを確信した。敢えて思い返せば、言葉だけで伝わらない相手の表情、言葉のニュアンス、ひいては身体の匂いまで、リアルで感じ取れる情報は膨大だし、それがコミュニケーションの深さにも繋がる。

 もちろんオンラインの良さもやってみて初めて気づいたこともある。場所といった物理的な制約が解消され、移動時間の削減やそれによる時間の効率的使い方ができるようになったから、これまでとは違う新しいことを創り出すアイデアのために余力をシフトすることもできよう。また企業でいえばオフィス賃貸料などの固定費用が削減され、新たなチャレンジにお金を使うことが可能になる。これによって日本全体の競争力を高めることも可能になるだろう。反省すべきなのは同じ時間に同じ場所に集まってなにかをしなきゃ、といった固定観念に縛られていたこと。もともと思っていたことだが、それがなかなか自分からは変えられなかったわけで、このタイミングでそれらの放置していた矛盾が大きく露呈したと思う。これを機会に同様の矛盾点を見直し、社会全体の成長のために改善していくべきだろう。

 また自身の体験で言えば、このコロナ禍である意味持て余すことになった時間において自分と向き合う機会が増えた。これまで外部環境に流され続けてきた自身の活動や思考が本当の自分の意志に沿うものだったのかどうかを考えることができた気がする。日本人に足りなかった自己というものを取り戻す中で、個々人および社会の価値観が本質的なものに大きく変わる機会なのではないか。私は銀座で30年近く仕事をしてきて、この銀座というコミュニティからいろいろなものを学び培ってきた。銀座あってこその自分に気づいたとき、コロナ禍で逼迫しているこの銀座に少しでも恩返しをしないといけないと思い、プロボノ(専門知識の無償提供によるボランティア活動)を始めた。今は銀座の商店街の気持ちをひとつにし、その再活性化に向けて内外に向けたコミュニケーションの手伝いをしている。ボランティアではあるが、巡り巡って自身のヒューマンリレーションを広げることになるし、何より銀座が好きだから銀座には元気でいてもらいたいとの思いから関わらせてもらっており、とても楽しくやっている。こういうネガティブな状況下で「自分ができることはなんなのか」という自身の本質的価値に気づくことができたならば、それは新たな活躍の場を発見したことに等しく、人としてとても素晴らしい機会となるはずだし、私自身もそれを楽しもうと考えている。

最後に一言、読者に向けて

 コミュニケーション業界従事者においても、規模の経済が終焉を迎えるなか、個々人の「本当に大事なもの」「知りたい情報」ということを突き詰めて考える必要があろう。大きなマス(集団)を動かすという目的から、個々人の深い理解や共感を積み重ねていくようなコミュニケーションに今後は移り変わっていくはず。その場合、メディアといったツールに頼って言い散らかすといったこれまでの広告的なやり方ではなく、人々の視点や考え方を慮ることが必要だ。相手の立場を考え、意見を聞きながら会話をするといった真の意味でのインタラクティブなコミュニケーションを組み立てていく時代といえよう。そのためにもこのようなコミュニケーションが一部阻害された現在の環境を前向きに捉え、まずは自身の本質を見つめ直す、そして同様の視点で他者の本質についても理解するよう努力することから始めるべきではないだろうか。併せて、コロナ禍によって露呈されたこれまでの思い込みによる常識や慣習に、今一度みんなで真正面から向き合い熟考することができればと思う。ニューノーマルというよりは、敢えて本質を問い質すべき希有なタイミングとして今を過ごせたならば、実りある経験としてこの時代を消化することができそうな気がする。

■事例紹介:「New Style New GINZA Project」

外出自粛によって日本一のショッピング街である銀座も閑古鳥が鳴く状態へと陥った。しかし、これまでも景気の危機を乗り越えてきた銀座の商店主グループは一丸となってこれに立ち向かう。立ち上げたのは老舗同士が協力し、それぞれの商品を紹介するなどコミュニティ内の協力体制強化と循環型経済の活性化だ。銀座に70年の居を構えるクリエイティブエージェンシーが発起人となり「New Style New GINZA Project」を立ち上げ「おかえり銀座のれん」を制作、銀座エリア全体を盛り上げる活動を開始した。個店というよりも商店街全体で危機に立ち向かう新たなコミュニティコミュニケーションのあり方となっている。

企画制作:dentsu CRAFTPR Laboratory