前回に引き続き、世の中をよくするための各社のさまざまな取り組みについて、テクノロジーによってその取り組みが大きく拡大した事例や、逆にテクノロジーがもたらした弊害に取り組む事例、その他これからの企業の活動スタンスなどで見えてきた傾向をカンヌライオンズPR部門審査員経験を持つ電通PRコンサルティングの井口理氏に語ってもらった。
トレンドその③ 偏見と闘うイニシアチブの誕生
ジェンダー問題やインクルーシブネスの拡大など、公平・平等の視点は広がりさまざまな取り組みが生まれてきている。一方で以前から取り組まれている人権問題はどうだろうか。例えばBLM運動など直近でも世間の大きな話題を集める黒人差別。人種差別撤廃への取り組みにより、メディアなどもこれに配慮しつつ、黒人タレントの起用機会は進んではいるように見えるが、相変わらずメディア上の黒人の生活は極端に描かれることが多い。そしてそれがいまだに悪いイメージや偏見を助長し続けている。この状況は、実はこれらの映像を作る側への黒人参加率が極端に少ないことに起因している。黒人の映画制作関係者は全体の6%にしか過ぎず、本来の自分たちのリアルな姿を投影仕切れていないわけだ。つまりリアルな状況をスクリーンに反映することを阻害する要因となっているのだ。
そこで長年人種差別問題に取り組んできたP&Gは、偏見が引き起こす誤解をなくすため、「Widen the Screen (to Widen our view視野を拡げるために)」プロジェクトを立ち上げた。
黒人監督など映画制作陣と協力し、黒人の日常をリアルに描く四つのフィルムを制作し公開。P&Gが単独で取り組むわけではなく、外部のさまざまな協力者を巻き込んで展開していくなど、仲間づくりが奏功しているのが現代的だ。すなわち、お仕着せの善行ではなく、当事者と共に課題解決を共創していくということ。P&Gでは今後、対象となる人種を広げ、さらにLGBTRQ+や障がい者などへと同様の取り組みを拡大するというから頼もしい。
一方、IBMデジタルはエージェンシーやブランドなどと共にオンライン広告に潜む偏見や先入観をAIで特定し、その是正に取り組んでいる。そのためのオープンソースのツールキットも開発し提供されており、自らが取り組むのみならず、業界全体でその潮流をつくり、浸透定着させようとしている。このような企業の本気度には周辺からも信頼が寄せられ、ますますその存在感を高めていくだろう。各種課題に向き合い、率先して動く勇気が企業に求められている。
オーストラリアで頻発する自然災害による家屋崩壊を防ぐための住宅堅牢化を目指すプロジェクト「One House To Save Many」も研究データのオープン化と、これら基準をルール化するための議会への働きかけを一保険会社が立ち上げ、多くの賛同者を集めている。
オーストラリアでは毎年、異常気象のために家が破壊され、コミュニティーの再建には数十億ドルが費やされている。オーストラリア最大の保険会社サンコープは、異常気象が全国の住宅に与える影響を減らしたいと考え、住宅レジリエンスの第一人者であるジェームズクック大学、CSIRO(オーストラリア連邦科学産業研究機構)、建築事務所のRoom11 Architectsと協力して、オーストラリアで最も自然災害に強い住宅「One House」を設計、入念なテストを経てプロトタイプ化した。併せてこの住宅の性能を伝えるドキュメンタリーも制作し、CMを通じて関連の情報やリソースの提供を行った。
味方を増やし、社会に大きなうねりを創り出す一方で、同社は新しい保険を発売。さらに、同社が主導するオーストラリア保険評議会は、2025年までに国家建設法にレジリエンスを組み込むことを目的としたプロジェクトを立ち上げ、連邦政府もそのための基金を準備することとなった。イニシアチブを取ることで業界リーダーとしてのポジションを固め、政府機関も動かす、同時に自社レピュテーションを向上させるというビジネス的なリターンもしっかり担保されているところがニクイ。クリエイティビティーがビジネスを拡大する、としたカンヌライオンズのメッセージにも重なるところではないだろうか。
現状をしっかり見つめ直し、不具合があればそれを修正しようという考えが社会に大きく生まれたのはコロナ禍においての不幸中の幸いだったかもしれない。これまでの思い込みが覆され、本来そうあるべき正しい認識、行動が促進されたのは障がいへの向き合い方でも同様だ。
会話能力や視力に異常がないのに、文字の読み書きに限定した困難がある状況(ディスレクシア)は5人に1人存在するという。そして97%の人がこれを障がいと捉えている。一方でこのディスレクシアの特徴として創造性、共感性、リーダーシップ、既成概念にとらわれない思考など、ビジネススキルが他の人より優れていることが、最近の研究で明らかになっている。すなわち、障がいと世間一般的に理解されてきたことが、違う視点から見たらとても優位な「能力」として評価できるのではないかと指摘したのが「Dyslexic Thinking」だ。
この事実を示すため、自身もディスレクシアである英Virginグループ代表のリチャード・ブランソン卿を含む、社会的に成功したディスレクシアたちによるチャリティ団体Made By Dyslexiaは、LinkedInでキャンペーンを開始。LinkedInはスキルリストの選択肢に「ディスレクティック・シンキング」を追加。ブランソン卿は、プロフィールのスキル欄に「ディスレクティック・シンキング」をスキルとして追記するよう世界のセレブに呼びかけ、併せてオンライン辞書dictionary.comにも「固有の能力」を示す言葉として掲載するよう働きかけた。また企業の人事担当者向けにもこのスキルを記載した候補者を積極採用するよう呼びかけた。
教育論者、企業経営者、有名セレブを巻き込み、失読症固有の能力をセレブの能力と重ね合わせて提示することで、これまでネガティブに理解されていたものを、ポジティブな能力として変換し理解を促すことに成功している。このようなイニシアチブも、納得感があれば仲間は増え、大きなうねりを社会に創り出すことができるという良い事例となっている。
トレンド番外編 環境対策は視点を変えて。原始的に、あるいは楽しさを伴って
Molson Coors のビールブランド、Coors Lightが展開したのが「Chillboards」、それは誰も見ることがないであろう屋根上に取り付けた屋外広告だ。
地球温暖化の影響を受けるマイアミの町では夏の暑さ問題は深刻。そこで、その大部分に白い塗装を施した屋外広告シートを工場や倉庫などの巨大施設の屋根に貼り付け、暑さ対策とした。聞けば非常に原始的な対策と感じるが、この施策により以前の黒い屋根の時には149F°(=65℃)だった室内温度が、この白い屋外広告を取り付けることで99F°(=37.2℃)まで下がったという。この施策の実行力を誇り、Coorsは約2万リットルの白いペンキをマイアミのコミュニティに寄付し、その拡張展開を期待した。地域の産業やコミュニティと良き関係を紡ぐためのちょっとしたアイデアが、さらには環境問題への取り組みとしても大きく化ける可能性を感じさせる。大掛かりな呼びかけや、最先端テクノロジーを投入した対策を講じることもありだが、ちょっと目線を変えた工夫で大きな効果が生まれることもまだまだありそうだと考えさせられる施策となっている。
同じくビール会社AB InBevのコロナビールが海洋プラスチックごみ削減に対して、人々の善意のみに頼らず、自身の行動が自分のメリットとしてしっかり戻ってくる施策として考案したのが「Plastic Fishing Tournament」だ。
プラごみの影響は環境破壊のみならず、人々の日々の収入にも及んでいる。特に漁師においてはこのゴミのせいで漁獲量が格段に減っており、生活をも脅かす喫緊の課題だ。街中に捨てられたごみが水辺に流れ出すことが海洋汚染の原因となっており、2016年の調査では、海中に1億5,000トン以上のプラスチックごみが存在、また毎分ごみ収集車1台分のペースで増え続けていることが指摘されている。
メキシコのコロナビールがこの問題解決のために提案したのが“プラスチックごみを釣る”トーナメント、題して「Plastic Fishing Tournament」。この大会はメキシコの港町マサトランで実施され、30チーム、80人の漁師が出場し、回収されたごみの総量はなんと約3トンに及んだという。そしてそのプラスチックごみは、漁師たちが通常取引する魚と同じ値段で買い上げられ、漁獲量が減った漁師たちの収入補填(ほてん)となった。さらに、回収されたプラスチックは地元のリサイクル会社に引き渡され、漁に必要な道具へと変えられたという。漁師たちはこれまで、プラスチックごみが網にかかってもそのまま海に戻していたが、大会をきっかけに、リサイクル会社と連携してプラスチックごみの回収を開始。捨てられたプラスチックごみからも定期的な副収入を得られる仕組みが生まれた。この施策は、その後メキシコ、コロンビア、ブラジル、南アフリカ、イスラエル、中国など世界各地で行われ、プラごみの被害者である世界中の漁師を支援しながら、最終的に20トン以上ものプラごみを減らしたわけだ。
社会課題に取り組もうとする啓発活動は各所で長年継続されてきているが、頭では理解しつつも行動に移すにはハードルがあり、またどのような行動が正しいのかの判断も難しい。このような状況に対して、今回のようなゲーム性を付加して参加意識を高め、また競い合う楽しさを通じて、実は同時に社会課題の解決に寄与するといった素晴らしい仕組みが生み出されたわけだ。このような仕組みはまたな持続性と拡張性が高く、まさにサステナブルな取り組みと言えよう。課題解決を義務からエンタメへと転換し、本当の成果につなげたこのような仕組みづくりが今後も期待される。
【参考】
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