2023.5.17 share

 そろそろお待ちかねのカンヌライオンズ開催の6月を迎える。そこで昨年のカンヌライオンズ受賞事例からみる昨今のコミュニケーショントレンドについて、カンヌライオンズPR部門審査員経験を持つ電通PRコンサルティングの井口理氏に語ってもらった。

ようやく国内でもマスク解禁を迎えたが、ほぼ3年を数えたコロナ禍は、経済的・精神的打撃を多くのひとびとに与えた。ロックダウンなどの行動制限で、われわれは閉塞感と孤独感を味わい、あらためて自由や社会とのつながりについて考えさせられることとなった。また社会経済活動が徐々に正常化する中、各企業は「ウイズコロナ」に向け、これまで以上に社会との接点に対して気を配り、自社の利益追求を超えた、「社会の全体最適」を目指すようになってきており、一部定着の感も見えてきている。

 これまでも世の中をよくするため各社さまざまな取り組みがなされてきたが、テクノロジーによってその取り組みが大きく拡大した事例や、逆にテクノロジーがもたらした弊害に取り組む事例、その他これからの企業の活動スタンスなどで見えてきた傾向を2回に分けて見ていきたい。

トレンドその① インクルーシブネスの対象拡大

 インクルーシブネスはここ何年か、多様性と共に注力されてきた。インクルーシブネスを語るに当たり、まずイメージするのに障がい者対応があるが、社会への全員参加を目指すとき、障がいの有無のみならず、ジェンダー、年齢、人種など以外で、いまだ顕在化していない障壁がないかと目を向ける企業も出てきた。事例として紹介したいのが2022年カンヌライオンズ、PR部門でグランプリを取った「THE BREAKAWAY」だ。

 これはフランスのスポーツブランド Decathlon(デカトロン)のベルギーにおける取り組みで、同社のパーパスである「全ての人にスポーツとその恩恵を享受できるようにする」を実践したもの。スポーツは、われわれに多くの恩恵を与えてくれる。それは健康面だけではなく、感情面、精神面においても、である。たとえそれが一見不可能にみえても、デカトロンはこのスポーツが与える恩恵を全てのひとびとが享受できることを目指した。2020年、2021年のロックダウンでは、多くのひとびとが自由を失い、まるで自分が囚人になったように感じた。2021年、デカトロンは“自由”をその中心的なテーマに据え、そしてスポーツがいかにひとびとを解放するかを伝えようとした。そこでデカトロンは刑務所の服役者で、選ばれた6人の囚人を仮想サイクリングプラットフォームZwift(ズイフト)でレースに参加させ、外界のチームと競い合う機会を与えキャンペーンを立ち上げた。オンラインスポーツを通じて社会と遮断された服役者が外界との接点を再構築することを目指したわけだ。囚人たちのレースチームは2021年3月に立ち上げられたが、同年5月には、イギリスの元銀行強盗で、現在は服役を終えてプロのトライアスロンの選手になったジョン・マカヴォイ氏もZwift 上で、チームを立ち上げるなど活動は自然と拡張していった。さらに弁護士、看守、法務大臣のチームも組織化され、共に競い合うライバルとなった。2021年9月にレースは開催され、その模様はフェイスブックでライブ配信された。各種メディアが報道するとたちまち話題になり、ベルギーの法務大臣はこの取り組みをベルギーの全刑務所に拡大すると発表。
 通常囚人が社会と接点を持つのは難しいが、オンラインで、さらにスポーツを通じてその機会が提供されたことが今風と言える。現状では社会参加ができない新たな層に目を向け、テクノロジー導入によりそれを可能とするこのようなインクルーシブ対応もこれから増えてくると期待したい。

レンドその② 過度なソーシャルメディア傾倒への警鐘

 テクノロジーが解決してくれる問題がある一方で、テクノロジーがもたらす問題もある。特にソーシャルメディアで接した情報に感化され、いき過ぎた行動に走りやすい若年層への対応は急務だ。この問題に切り込んだのがユニリーバ社Doveブランドのプロジェクト「Reverse Selfie」だ。

 女性たちの多くはデジタルメディアで接触した情報により、自身の容姿に自信がなくなり、その80%が13歳までにいわゆるレタッチアプリを使うようになる。さらには整形手術に臨み、それら行動の最終地点として最悪の場合10代の自殺を増やすことにもなっている。しかし、提示された非現実的な「美」が本当に正しいものなのかはまだ若い彼女たちには判断がつかない。個々人がそもそも有する素の容姿を称え、自己肯定感を醸成するのがこの活動の真意だ。 

 実際の施策では9~13歳の女性を起用し、彼女らのレタッチアプリによる容姿の加工プロセスを記録、元の自分と加工した自分の姿を見比べたときにどちらが本当の自分を表すものなのかを考えてもらった。10代前後の若者たちのセルフィー文化の浸透によって引き起こされる、いき過ぎたアプリでの加工。一見、日常のお遊びに見える行動もそれが積み重なることにより深刻な精神障害に至るかも知れないと警鐘を鳴らしている。

 同じくDoveの「Toxic Influence」もソーシャルメディアの弊害に切り込んだ取り組みだ。

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 10代女性の9割は容姿を変えたいと考えており、その原因はソーシャルメディア上のインフルエンサーの情報による。しかし彼女たちの母親の4割は、ソーシャルメディア上にあふれる情報が子供たちにどんな有害な影響を与えているかを知らず、それを放置している。これらの事実を示すため、数組の母娘を招きソーシャルメディアの利用法や価値について議論させ、その後、子供たちが普段接しているネット上の美容情報をスクリーンに投影し一緒に見てもらうという場づくりをした。映像が進むうちに、見ている側の母親の姿がAIとディープフェイクで合成されて画面に登場。これまでのインフルエンサーの発言が、その母親たちの口から語られ始め、親子は戸惑い、ショックを受ける。今まで何げなく聞いていたインフルエンサーの言葉が、実際に自分の口から放たれたらどう感じるのか。当の母親たちは「子供に対して自分はこんな発言を絶対しない」と強く否定。すなわち子供たちが接している情報は、しっかり向き合うととても有害で、通常大人が伝え教えたい情報とはかけ離れていることがここで浮き彫りになる。流し見していると気付かない情報が、いかに危険かを教えてくれる映像となっている。

 テクノロジー下で発生する問題を、さらにテクノロジーで解消しようとする事例もある。家族が安全なソーシャルメディア環境を実現するためのアプリ提供を目指すKazooが、いじめ撲滅を目指す団体、“Stand for the Silent”と組んで展開したプロジェクトが「Social Bullets」だ。ソーシャルメディア上でのいじめ投稿を要因とした自殺数の増加を憂い、その惨状をデジタル技術により可視化し、社会に訴えた。

 米国の10代の自殺はいじめがその主な要因で、そのいじめの半分はネット上で行われている。そしてそれは最終的に自殺などの悲劇的な結果をもたらしている。Kazooは独自に開発したアルゴリズムでソーシャルメディア上のいじめ投稿に当たるメッセージを特定し、またそのいじめ投稿が233個積み重なると子供たちが自殺を試みるという数値を導き出した。そこで233のネガティブな投稿が蓄積するたびに、実際に1発の弾丸が発射され、的を射貫く映像を制作し、これら一連の相関をシンボリックに表現した。

 24時間、すなわちたったの1日で7万件ものいじめ投稿が検知され、それは300発の弾丸の発射につながり、すなわち300人の自殺者が生まれることを象徴的に伝えた。デジタル上では無機質に捉えられがちな数字も、このようなギミックを通じて情感に訴えることで、急速に理解度と共感を高めることができる。物事の“可視化”ということでもおおいに参考になる事例といえる。この映像はその後、親たちのディスカッションや教育セミナーの議論のきっかけとしても使用されている。

【参考】
「LIONS GOOD NEWS 2023」サイトオープン(https://lionsgoodnews.com
100を超えるNPOに独自調査を行い、コロナ禍やデジタル化の急進などを背景に、現在抱えるコミュニケーション課題を抽出し、今後の情報の届け方や出会いの生み出し方について、カンヌライオンズの受賞事例を紐解きながらそのエッセンスを7つの要素としてまとめその解決方法のヒントとして提示したサイトです。いま話題の”ChatGPT”を実装した「じゃない方検索」で新たな出会いの体験も可能。こちらも是非ご覧ください。

制作=dentsu CRAFTPR laboratory