2021.11.9 share

 カンヌライオンズには世界中の様々な人のパーセプションを変えたり(パーセプション・チェンジ)、行動を変えたりした(ビヘイビア・チェンジ)実績を持つ事例が集まるので、そういう意味では、世界のコミュニケーション力の最高峰であることは間違いないだろう。ここでは、様々な顔を持つカンヌライオンズの中でも、コミュニケーション力の最高峰であることを語りたいと思う。

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本田 哲也
(ほんだ てつや)

セガの海外事業部を経て、1999年世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードの日本法人に入社。2006年ブルーカレント・ジャパンを設立。09年に『戦略PR』を上梓し、マーケティング業界にPRブームを巻き起こす。P&G、花王、サントリー、トヨタ、資生堂など国内外の企業との実績多数。19年本田事務所としての活動を開始。カンヌライオンズでは、公式スピーカーや審査員を務めている。

コミュニケーション設計では「なぜ」が大切

 現代における“刺さる”コミュニケーションを設計する上で重要なのは、「なぜ(why)」の要素だと私は思っている。「なぜ」という問いかけには、特に現代においては、SNSにおける拡散やマスコミの報道に「乗っかる」力がある。「なぜ」の答えや、「なぜ」という問いかけ自体が話題性や、人口に膾炙し答えを探し求めるパワーがあるからだ。

 カンヌライオンズの優れた広告やPR、様々な作品やキャンペーンには、大体において必ず「なぜ」というエッセンスが入っているケースが多い。そしてそこには2つの「なぜ」がある。

 1つ目の「なぜ」は、「なぜ、それをするのか」という問いだ。いわゆる社会課題やイシューと呼ばれるもので、最近なら持続可能な開発目標(SDGs)に代表されるようなものだ。カンヌライオンズでも過去10年近く、ソーシャルグッド、つまり「社会課題を解決すること」が大きなテーマの1つになっている。

 もう1つの「なぜ」は、「なぜ、あなたなのか」という問いだ。

 なぜその企業、ブランドでなければならないのか。これは横文字で「オーセンティシティ(authenticity)」と呼ばれるものだ。辞書を引くと「正統性」「真正性」と出てくるが、私なりに解釈すると「自分らしさ」であると思っている。

 企業のオーセンティシティとは、企業が信じていることと行動が一貫しているかどうか。コミュニケーションの話で言えば、世の中に向けて発信したり表現したりしていることが、企業の本当の中身や姿とマッチしているかどうか、ということだ。ここから先は、このオーセンティシティについて深掘りしていく。

2015年「オーセンティシティ」が審査方針に

 ここで、カンヌライオンズにおけるオーセンティシティの歴史を振り返ってみる。私の専門であるPR部門で言うと、審査をする上でオーセンティシティが重要視され始めたのは、2015年からと記憶している。なぜならこの年に、PR部門の審査員長が「オーセンティシティが重要だ」ということを明示し、審査の最上位の方針としたからだ。

 実はこの背景には、その頃の流行である、どれだけバズらせた、バイラルしたということを喧伝する事例へのアンチテーゼという側面がある。15年頃は、「SNSでバズりました、しかもカンヌライオンズのテーマの1つであるソーシャルグッドに寄与しています」という事例が量産されていた。

 しかし、ほとんどの事例において、2つ目の「なぜ」が抜け落ちていた。なぜそのブランドが、それをしなければならないのか? そういう事例が数多くあった。このままではよくないということで、オーセンティックであるべし、という流れになった、というわけだ。

 その方針が大きく表れたのが、15年のグランプリ「Always#LikeAGirl(オールウェイズ#ライク・ア・ガール)」キャンペーンだ。「Always」は、P&Gが生理用品ブランドとして世界的に展開している。このキャンペーンは社会における「女性らしさ」「女の子らしさ」が、この社会の中で本人の意思とは関係なく規定されていることに着目し、「女性らしさとは何か」を啓発したものだった。

 このキャンペーンは15年のカンヌライオンズの中でもとりわけ絶賛されたが、そこにオーセンティシティがある点が非常に評価された。

 Alwaysが生理用品のブランドだからというのはもちろんのこと、そもそもこのブランドが「女の子にもっと自信を持たせる」ことを大切にしており、ブランドフィロソフィとも合致している点が、オーセンティシティだったのだ。

黙々と審査し続ける6日間

 17年、私はPR部門の日本代表審査員として現地に赴いた。だが、本審査の1カ月前には一次審査に取り掛かっており、ランダムに割り当てられた数百のエントリーを、その年の審査基準(クライテリア)に基づいて、黙々と審査していた。この年のPR部門の応募総数は2208件。これを21人の審査員が担当した。

 国籍で言えばヨーロッパ系と南米系が最も多く、次いで北米とオセアニア。純粋なアジア人という意味では中国の女性と私の2人のみ。女性が活躍するPR業界を反映して21人中13人が女性という構成比率だった。審査員はカンヌライオンズ開催日の5日前に滞在先のホテルに集合し、6日間、本審査に取り掛かることになる。

 本審査の最初の3日間は4、5人のグループに分かれて会議室に閉じこもり、ランダムに仕分けられたエントリーを審査。2分間のエントリームービーを観ては貸与されるパッドに黙々と投票していく。4日目に審査員全員が集合し、一次審査を突破した「ショートリスト」を完成させるのだが、このあたりで、その年の大まかな傾向やトレンドの全体像が見え始める。ショートリストは5日目にようやく完成し、翌日発表という流れになる。

 最後の大仕事は、このショートリストの中からブロンズ、シルバー、ゴールドの各賞を選出し、最後にゴールドの中からエントリーの頂点に立つグランプリを決めること。議論しながら受賞作品を決めていくのだが、その間、審査員は会議室で「カンヅメ状態」。ランチタイムはおよそ15分、ディナーは出前のピザ。すべての審査が終了したのは午前2時で、審査開始から17時間が経過していた。

企画立案にオーセンティシティの視点を

 その17年にPR部門含め4部門でグランプリを受賞したのが「Fearless Girl(恐れを知らない少女)」だ。ジェンダーイコール(男女共同参画)の課題が大きい金融界に一石を投じ、かつ、オーセンティシティである点が非常に高く評価された。

 仕掛けたのは米国の投資運用会社ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ(SSGA)。経営層にどれだけ女性がいるかという判断基準で投資する「SHEファンド」を創設し、そのPRを目的として、ニューヨーク・ウォール街の有名な雄牛の銅像「チャージング・ブル」に真正面から立ち向かうFearless Girl像を設置した。

 荒々しい姿のチャージング・ブルは株価上昇を願って設置された銅像で、エネルギーやパワーの象徴であり、同時にマッチョな男性をイメージさせる。多様性が進んでいるように見える米国でも、実は企業における役員の割合は白人男性が63%に対して女性は22%(19年現在)。特に金融業において男女差は顕著だった。そこでFearless Girlを設置したというわけだ。つまりこれは、ジェンダーイコールの文脈でのキャンペーンなのだ。

 このキャンペーンは、銅像の設置後たった12時間でTwitterの10億インプレッションが46億に到達。SHEファンドの売上高は400%を記録し、これを機に女性役員の登用を決めた企業は301社にものぼった。

 カンヌライオンズ審査員という体験を通して、私は15年からの「なぜ、あなたなのか」という選定基準が引き継がれていることを実感した。また、ここで得たコミュニケーション力の源泉となるオーセンティシティという視点は、自分のPRの仕事の中でも生かしている。その1つが、20年に起こった「手間抜き」論争というPRキャンペーンでの企画立案だ。冷凍食品は「手抜き」ではなく「手間抜き」であるというパーセプションを醸成することで、冷凍食品が持つマイナスのイメージを変え、冷凍餃子の売り上げアップにもつなげるものだった。

 これはTwitterに投稿されたあるツイートをきっかけに、味の素冷凍食品の公式Twitterが「冷凍餃子を使うことは、“手抜き”ではなく“手間抜き”です。」と反応したことに端を発している。この投稿には44万「いいね!」がつき、「冷凍餃子」がTwitterのトレンドに入るほどの反響を呼んだ。それがテレビ局やネットメディアでも大きく報道され、「冷凍食品は手抜き? 手間抜き?」論争が巻き起こった。これを「ラッキーでバズった」で終わらせずに、どのようにコミュニケーション設計するべきか、オーセンティシティの視点で、クライアント企業と何度も議論を重ねた。

 この論争には、様々な社会的イシューが潜んでいる。家庭料理は手作りであるべきという過剰な「手作り信仰」からの脱却、料理は女性がやるべきというジェンダーイコール視点からの課題解決。

 それらを、なぜ味の素冷凍食品がやるべきなのか。――それは同社が冷凍食品のリーディングカンパニーであること。「手間抜き」というワードは公式アカウントの思い付きではなく、ずっと言い続けてきた、考え抜いた言葉であること。もっと言えば、冷凍食品業界全体としても「手間抜き」はずっと言ってきた言葉だったこと。その思いは、冷凍食品の工場のオペレーションにも反映されていること。

 この事例の場合、「手間抜き」は同社や業界がずっと言ってきていたというところがポイントだ。これまでPR不足で今ひとつ浸透していなかっただけで、実は「なぜ味の素冷凍食品がこのPRをやるのか」というオーセンティシティはあったというわけだ。

コミュニケーションはさらなる高みへ

 そして21年、2年分のカンヌライオンズが6月にオンラインで行われた。今年の入賞作品を見れば、オーセンティシティが重要であることが見て取れ、その傾向は年々強まっている印象を受ける。例えば、今年のPR部門グランプリのひとつ「Contract For Change(変化のための契約)」キャンペーンもそうだ。

 これは世界最大の穀物購入企業の1つでもあるアメリカの大手ビールメーカー「アンハイザー・ブッシュ(Anheuser-Busch)」が仕掛けたもので、アメリカの農家に向けて、「有機農法へ移行する」という契約を結ぶことを促すキャンペーンだ。契約内容は3つ。移行期間の3年間の大麦を同社が購入する、移行後に収穫した大麦を同社が販売するオーガニックビール「ミケロブ ウルトラ ピュアゴールド(Michelob ULTRA Pure Gold)」の材料にする、有機農法実践のトレーニングを提供するといった内容だ。

 その結果、175人の農家がすでに契約に署名し、10万4000エーカー(米国の大麦農地全体の4%)が有機農法への移行を開始した。

 彼らがオーガニックビールのリーディングカンパニーであることから、この事例はオーセンティシティそのものだ。さらに「農家が契約している」というファクトがあることで、すでにコミュニケーションを超えているとも言えるかもしれない。オーセンティシティを軸としたコミュニケーションは、15年の「Always#LikeAGirl」、17年の「Fearless Girl」と進化してきたが、ついに有機農法への移行をサポートするという農業改革の一角を成すまでになり、そこが評価された。これはコミュニケーション力において、オーセンティックであることがだんだんと強まった結果だろう。

 ここまでカンヌライオンズの1つの顔である「コミュニケーション力の最高峰」という「顔」を、オーセンティシティという軸で語ってきた。冒頭でも述べた2つの「なぜ」、「なぜ、それをするのか」「なぜ、あなたなのか」は今後、企業やブランドのコミュニケーションにおいて不可欠になるだろう。