2021.7.30 share
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カンヌライオンズの受賞ビデオを見ていると毎回思うことがある。なんと見事に複雑な課題からこれという本質を抽出し、見えない解決の筋を鮮やかにまとめているのだろう、と深い驚きと共に感心すること然りだ。
そう、どれほどの汗をかいたのだろうと想像せずにはいられない。
昨年のカンヌライオンズではコロナ禍によりケースの審査が一切とり行われることがなかった。そのため今年は昨年と合わせた2年分のエントリーを審査することとなり、55ケ国から478名もの審査員が熱い議論を重ね、結果53ケ国から982のライオン像が選出された。その結果の一部をここに見ていただきたい。
複雑な課題に対しシンプルな解決策を提示できるのは、本質を捉える力があってこそだ。さて、その本質はどこに根ざすのか?
深い部分に宿る生活者心理に丁寧に寄り添う「視点」から、解決のために先の先まで見据えた一つ上の「視座」まで、ある意味「深めて高める」、そんなダイナミズムを少しでも紐解けたらと思う。

ここでは以下の部門のグランプリを中心に解説する。年号が明記されていないものは2020/2021で一本が選出。
・ Innovation Lions
・ Titanium Lions / Health & Wellness Lions
・Film Lions / Film Craft Lions
・ Brand Experience & Activation Lions
・ Outdoor Lions
・ Creative Data Lions
・ Creative eCommerce Lions
・ Creative Business Transformation Lions

≪Innovation Lions≫

グランプリ  Degree Inclusive (Unilever)

企画・制作 Wunderman Thompson Buenos Aires

「課題解決型」の革新的技術やイノベーションを評価するこの部門でグランプリとなったのは制汗剤(デオドラント)ブランドのDegreeによる製品デザインプロジェクト。その名も「世界初、(誰にでも)順応するデオドラント」だ。 世界の人口のうち何らかの障害をもつ人は15%いるそうだ。そう、6人に1人という計算になる。しかし多くの商品デザインは健常者しか念頭においていない。
そこでDegreeは点字を用い、塗布面を大きくとり、開閉が楽になるようキャップ部分に磁気を埋め込むことで、視覚障害や上肢障害をもった人でも簡単に扱えるようにした。
気になるニオイを抑えることで、より多くの人が自信をもって生活できるようになるのだ。またパッケージ自体も詰め替え可能となっているため、利用者をずっとしっかりサポートしてくれることだろう。
あるひと時の使用のための優れたデザイン性と繰り返し使われるためのサステナビリティのどちらに対しても妥協しなかった「徹底性」が群を抜いていたと言えよう。

≪Titanium Lions / Health & Wellness Lions≫

グランプリ #WombPainStories (Essity)

企画・制作  AMV BBDO London

今回のカンヌライオンズで4つのグランプリを獲得し、非常にプレゼンスが高かったのがこのエントリーだ。上記2部門では#WombPainStoriesというキャンペーンが、またFilm LionsとFilm Craft Lionsの2部門ではその中の#WombStoriesという映像要素が評価された。
“Womb”は一般的にはまず目にも口にもしない単語だ。実に「子宮」という意味だ。この単語を口にするのは特殊な文脈においてであり(妊娠や疾病など)、人前での会話に用いるものではない。しかしフェミニンケア・ブランドのBodyform(イギリス以外の多くの地域ではLibresseというブランド名)は、真っ向から「子宮にまつわる話」と称し、生理、妊娠、不妊、流産、閉経、疾病などのテーマに切り込んでいった。

キャンペーン名に最初から#(ハッシュタグ)をつけ、喜びや悲しみ、辛さや快楽に関して活発な意見交換ができる場をウエブやSNS上に用意したが、当然それだけでは成功しなかったはずだ。誤魔化すこと無く、女性の深い心理に目線を合わせた結果、単なる商品ブランド以上の存在にまでなったと言える。

例えば女性が感じる痛みひとつをとっても感じ方は異なるものだ。この痛みを伝えるのに、今までは10点満点で痛みを申告するなど、単純な方法がとられていた。しかしBodyformは、感情分析や比喩言語を用いたデータ取得法で子宮に関する認識や感覚に奥行きを持たせ、ビジュアル化を試みた。さらには専門家と共に「痛みにまつわる」辞書やレポートを作成し、医療の現場で活用することの重要性を伝えている。このキャンペーンの結果、市場シェアがイギリスでは8.1%、ロシアでは14.1%、デンマークでは9.9%上昇した。
カンヌライオンズでは、ヒューマニティーを中心に据え、タブーに面と向かい合うケースが多く見られる。誤魔化したり、嘘をついたりしない、真摯なブランド像が浮き彫りになる。ブレるようなことがないよう、ブランドの持つど真ん中の価値を常に伝えらえるようにしておくことは重要だ。

≪Film Lions / Film Craft Lions≫

グランプリ #WombStories (Essity)

企画・制作  AMV BBDO London / Chelsea Pictures New York

上記キャンペーンの映像要素を評価するケースとなる。
具体的シチュエーションを描写する実写映像と様々なテクスチャーで感情を豊かに描いたアニメーションを巧みにからめたNisha Ganatra監督。ゴールデングローブ賞なども受賞しているアメリカの女性監督だ。
子どもが「欲しい」「欲しくない」と行く先が二手に分かれる河を、スピードを落とせるはずもなく進む女性のアニメーション。あるいは流産がわかって泣き崩れる女性の実写とお腹のエコーのインサートなど、女性の人生に起こりうる局面に丁寧に光を当てた力作だ。
二択というほど簡単ではない。「流産」という二文字で済むほど簡単ではない。そこに宿る深い想いを救ってくれる表現になっている。

≪Brand Experience & Activation Lions≫

グランプリ Stevenage Challenge (Burger King)

企画・制作  David Madrid

Stevenage FCはイギリスのサッカーリーグ4部の中でも最下位のチーム。わざわざこのチームをスポンサーすることにしたBurger Kingの狙いは、大人気サッカーゲーム「FIFA20」内でコミュニティーとの触れ合いを通じたプレゼンスアップを図ることだった。
腕自慢の猛者たちがゲーム内で足自慢の強力選手を次々とこの弱小チームに登録し、プレイする。そう、メッシやネイマールといった選手がBurger KingのロゴのついたStevenageのジャージをゲーム内で着用することになるのだ。大人気となったBurger Kingのロゴ付きジャージ。チームの歴史上、初めて売り切れとなったそうだ。
StevenageのゴールをSNSでアップすると特典がもらえる仕組みとなっており、結果的に2万5000以上のゴールにまつわるポストが広がった。 Social & Influencer Lions、Direct Lionsでもグランプリを受賞。アイデアが育ち、拡散する場はどこにあるかわからないとつくづく思わされる。

グランプリ True Name(MasterCard、2021)

企画・制作 McCann New York

トランスジェンダーやノンバイナリーの人々がクレジットカードを使用する時、外見とカード保持者名にギャップがあるためハラスメントを受けることが少なくなかったという。法律上の名前を変えるには、これまで時間も手間もかかっていた上に、必ず審査に通るというわけでもなかった。
そこでMasterCardはTrue Name(本当の名前)という、自分の意思で選んだ名前を記載できるようにした初めてのクレジットカードを開発した。
大手グローバル銀行も賛同し、競合ブランドも同じようなクレジットカードを発行することになったそうだ。
一行に収まる文字が一人ひとりの大きな想いを受け止め、業界までも動かすのだ。ここでも生活者の深い思いに寄り添いながら、業界全体を動かすという高い視座を持つことの重要性を感じる。

≪Outdoor Lions≫

グランプリ Day 35 Day 28 Day 32 (Burger King、2020)

制作・企画  Burger King Miami

カビである。食品ブランドで一番見せてはいけないと言ってもいい、カビだ。しかもご丁寧に、日を追ってカビが増えていく変化を余すところなくとらえている。
そう、「防腐剤ゼロだからこその美しさ」というキャッチが逆説的に物語るよう、Burger KingのWhopperは防腐剤を一切使っていないことを伝えるキャンペーンだ。
グローバルレベルで8500トンもの人工防腐剤を使用していたが、3年かけて実際にやめていったそうだ。そのことを伝えるのに、強烈すぎるとも言える手法を用いたのは、やはりBurger Kingならではだ。

グランプリ Renault—Village Electrique (Renault、2020)

企画・制作  Publicis Conseil Paris

Renaultによると電気自動車の購入検討者は世界でまだ7%に過ぎず、都市部での使用想定が主眼となっている。

そこで誰でも電気自動車を手にすることができることを伝えるために、Renaultはフランスの小さな田舎町のAppyを丸々と電気自動車(だけ)が走る町に変えてしまった。街中の車という車を、3年間Renault Zoeという電気自動車に代替えするのだ。「使いにくそう」「電気が持たなそう」といった懸念を払拭するのに役立っただけでなく、ガソリンが2600リットル、CO2が4トン減ったというどこまでも具体的、且つポジティブな結果までをも残した。さらにはZoeの売り上げは50%増え、電気自動車No. 1となったそうだ。
視座の高さをうかがわせる壮大な社会実験だと言えるが、実際にはリアルな村人の目線でどう電気自動車が普段の生活で活用されているのかが把握できる仕立てとなっている。「深さ」と「高さ」の程よいバランスを通じ、ほのぼのとした村人のライフスタイルも垣間見ることができ、自分を投影しやすい。結果、Renaultというブランドに対する敷居が低くなっていると言えるだろう。

グランプリ Shutter Ads (Heineken、2021)

制作・企画  Publicis Italy Milan

パンデミックの影響でシャッターを長く下ろした街中のバー。「いつ再開できるのか?」「それまでの売り上げはどうなるのか?」大きな不安を抱えた店主達の思いは想像に難くない。
Heinekenの持つグローバルメディア予算のうち10%が屋外広告に当てられるというが、この間その予算を通常の屋外看板ではなく、各々のバーのシャッター面に使ったのだ。5000ものバーが、店を閉めていても「広告掲載費」という名目で収入を得ることができたというわけだ。
「今はこの広告を見てもらっているが、いつかこのバーでまた楽しんでください」といったメッセージや「このThe Fastnetという店は次にまたシャッターを上げられるよう、今は一度下げているだけです」というように店ごとにカスタマイズされた広告も用意された。広告費として750万ユーロがバーに直接支払われ、通常の屋外広告より40%もメディアの価値が高かったという。
広告の第一歩は生活者一人ひとりのインサイトを抽出しながら、それを最大公約数的なメッセージとしてまとめ、打ち出していくものだ。でもこのケースはさらにそれを「多くの一人ひとり」のための表現アウトプットとして割り戻した形になっており、強いエンゲージメントを形作っている。
この広告をネタにマスターと常連がHeinekenの話をしているシーンが想像できるようだ。

≪Creative eCommerce Lions≫

グランプリ Tienda Cerca (ABInBev、2020)

制作・企画  Draftline Bogota

続くこちらのコロンビアのキャンペーンもパンデミックの影響を受けた町の酒屋などの小売店を救ったケースだ。
感染を抑えるためのロックダウン期には23%の店が閉店を余儀なくされたが、酒類メーカーのアンハイザー・ブッシュ・インベブは https://www.tiendacerca.co/ というオンラインストア(Tienda Cercaは「近くのお店」という意味)を急ぎ立ち上げた。
近隣の住民は自分のロケーションをインプットしてからWhatsAppというチャットアプリを使ってオーダーし、店側はそれに基づいて宅配する仕組みになっている。最初の1週間で登録された店舗は6万店。1カ月で1000万を超える訪問があり、実に7割の店舗ではコロナ前と比べて売り上げ増となったそうだ。
自分たちの顧客でもある地元の店を救うために、スピード重視でその場で手に入る技術を統合し、開発された独自のEコマースのプラットフォーム。課題が増え続ける今、こういったケースを知ることで「初動における解決のための設計図」の作り方をいくつか持っておくことは重要だと言える。

グランプリ  Raising Profiles (The Big Issue & LinkedIn、2021)

企画・制作  FCB Inferno London

The Big Issueという雑誌がホームレスの人や生活困窮者に対し、チャリティーを施すのではなく具体的な仕事を提供し自立を応援する事業だということはずいぶん前に知った。実際に雑誌を売った収益の一部が自分のものになるのだ。
しかしパンデミックで街から人が消え、1週間に8万部を販売していたのがほぼゼロになってしまったのだ。そこでオンラインでの販売モデルを立ち上げることにしたのだが、パートナーとして組んだのは世界最大級のビジネス特化型SNSのLinkedInだった。The Big Issueの顧客の7割がLinkedInを利用しているというデータもこのプランのバックアップ要素となった。
販売員が新たにLinkedInのアカウントを開設し、研修も受ける。そしてこれまで販売していた顧客や近隣で働く人をLinkedInで見つけ、サブスク購入を奨めたのだ。
スピード重視の単発コラボというだけではなく、The Big Issueの販売員がさらに一つ上の仕事をするためにデジタルの知識を持つようになり、LinkedInの一員となって活動していることも彼ら、そして雑誌のRaising Profile(認知を高めること)につながっている。

≪Creative Data Lions≫

グランプリ SayLists (Warner Bros)

企画・制作  Rothco, Part of Accenture Interactive Dublin

英国の青年の12人に1人はなんらかの発音障がいに悩んでいるが、その多くは子どもだ。セラピストは様々なツールを用い、本人が発音しにくい音節を含む単語を繰り返し発音させる治療を行なっている。でも子どもにとっては退屈至極。
そこで子ども達を救ったのがSayListsと称される、Warner Musicの協力のもと7千万曲から選ばれた治療を促す楽曲リストだ。課題となる音節も単に繰り返し発音するのではなく、カラオケ風に楽曲に合わせて一緒に歌うなら治療も楽しくなるというわけだ。
今回のカンヌライオンズでは、こういったケースが気になった。つまり「生活者にとっては心地いいが、裏でデータが一生懸命汗をかいているケース」と言っていいだろう。
例えば空港で思わぬフライトの遅延が生じても、自分のフライト番号を打ち込むだけで、その遅延時間に合った尺の映像コンテンツを瞬時に楽しめる待合ターミナルのシステムもいい例だ。遅延に関するクレームもかなり減ったという。
データが汗をかいてくれるおかげで、生活者は気が利いたサービスを受けることができるのだ。生活者の深い心理に寄り添い、自由な発想で解決策を提供していると言えるだろう。

≪Creative Business Transformation Lions≫

グランプリ  Act for Food (Carrefour)

企画・制作 Marcel Paris

今年のカンヌライオンズには全部で28の部門がある。この中で最も新しいのが、今年新設されたばかりのこの部門だ。定義としては「組織のあり方、人の働き方、そして顧客との関係構築における豊かな思考性を通じ、ビジネスを前進させるクリエイティビティを称賛する」とある。一体どんなエントリーが選ばれるのだろうと思っていたが、初のグランプリに選ばれたのが大手流通チェーンのCarrefourによる”Act for Food”だ。
地球温暖化や生物多様性の減少といった社会課題に直結する「食」の全体構造を根本から見直すことで、人々の健康や農家と地球全体の公益のために食品生産の質とシステムを改善するアクション・プログラムだ。
例えば、6万の農家を対象にした品質向上プログラムと2000件の農家の有機農法シフトのための資金提供を行い、市場における最大のビーガン向けプライベートブランドを立ち上げたのだが、これはまだ一部だ。
以前からも「違法」扱いされていた規定外の野菜を「闇市」と称して堂々と販売し、さらには作物の多様性の9割を損ねるとし、一世代しか実を結ばない種の保全法改正を実現するなど、先を見つめる高い視座と必ず形にするという粘り強い行動力で取り組んできた。生活者視点で見ると知らなかったことが多々あり、信頼できるブランドを持てることは心からの食の安心に繋がる。
当然のことながら自社の事業戦略や業務オペレーションに大きな変革が必須であり、簡単に為せることではない。
しかしこういった努力を生活者は見ており、着実に結果に繋がっている。“Act for Food”開始以来、世界で売上は3.1%上昇し、特にオンライン販売にいたっては30%増だ。株価も9%の上昇を見せている。
同じ部門でゴールド・ライオンを受賞したMichelob Ultra Pure Goldという有機農法ビールを有するABInBev社による”Contract for Change”(変化をもたらす契約)も似たアプローチをとっている。

現在、有機農耕地は全米でたったの1%と言われているが、その有機へのシフトに必要とされる3年分の売り上げの担保と初めて刈り取る有機作物の購買が織り込まれた契約内容となっている。
企業ブランドが購買と販売とそれをつなげるサプライシステムを突き詰めるだけではなく、自らが関与する業界自体の前進を念頭に独自の「エコシステム(ビジネス環境/収益環境)」を形成しているのだ。
深い生活者心理、そして高い視座と粘り強い実現力。重要な局面で自分はこれらの武器をきちんと駆使できているだろうか。考える時間を与えてくれる新部門だ。

石井うさぎ(いしい・うさぎ)

カンヌライオンズは1997年以来、合計21回取材し記事も執筆。
幼少期の数年間を南アフリカで、10代の数年間をアメリカで過ごし、現在まで主にグローバル広告クリエイティブの仕事に携わる。
カンヌライオンズでゴールド、シルバーライオン、ニューヨーク広告フェスティバルで金賞受賞などを受賞。