2021.11.5 share
Question⑥
カンヌライオンズの賞は複雑で、多岐にわたっており、賞同士の境界線も曖昧に思えます。それらの部門が生まれた経緯や各時代のトレンドは?

  なぜカンヌライオンズに多様な切り口の部門が並存するのか、なぜ複雑な部門構成になっているのか、を考えてみたいと思います。

 現在のカンヌライオンズには28もの部門(ライオン)が存在し、各部門がカバーする審査領域も一部重複しているように思えるかもしれません。

 しかし、多くの部門は今世紀に入ってからの広告・マーケティング業界の劇的な変化に対応するために誕生した経緯もあります。そこで現在のカンヌの「複雑化」を理解するためにも、ここ20年の広告・マーケティング業界のトレンドを大まかに把握しておきたいと思います。

 “広告”という行いは、かつては企業の課題を解決するアイデアを考え、テレビやラジオ、新聞・雑誌、その他のメディア上での表現に落とし込むことでした。生まれてくる表現は多様なものでありつつ、その仕組み自体は非常にシンプルです。

 つまり、テレビCMなら15秒や30秒の映像を、紙媒体ならそのサイズに合わせたビジュアルをつくることが広告のクリエイティブと言い換えることもできます。

 しかし、それは20世紀までの話。1990年台中盤からインターネットが徐々に普及し始め、2000年代に入ると状況は変化していきます。

 まず顕著になったのが、メディアの多様化です。インターネット(サイバー)という新しい“メディア”を広告媒体として活用するトライアルが盛んになると同時に、街中でもそれまで活用されていなかった、ちょっとした空きスペースを媒体化する施策やゲリラ的なイベント(いわゆる“アンビエント広告”)が目立つようになっていきます。

 カンヌはもちろん、国内でもマスメディア以外の可能性が模索された時代。従来の基準でクリエイティブを評価することは難しくなっていきました。

 こうした時代の到来を予感するように、カンヌライオンズには新たに「サイバー部門」(1998年)、「メディア部門」(1999年)、「ダイレクト部門」(2002年)が設立されていきます。

 新部門設立の一連の流れの中でも、「チタニウム部門」(2003年)の創設は画期的な出来事でした。

 この部門は2002年にエントリーされた「BMW FILMS」をきっかけに誕生したもの。BMW社が有名映画監督やセレブを起用して、高級車のラグジュアリーな世界観を表現するショートムービーを制作、特設サイトで配信したキャンペーンです。

 テレビに投資していた媒体費を大胆に制作費へと振り替える発想が革新的だともてはやされ、以降チタニウムは、広告の未来を開拓する“ゲームチェンジャー”に与えられるライオンとして、カンヌの花形部門になっていきます。

 2000年代後半には、いよいよインターネットが爆発的に影響力を増し始めます。イギリスでインターネット広告費がテレビのそれを抜いたのが2009年。当時、大きなニュースになりました。

 このころには、YouTubeやブログなどをマーケティング施策に活用するキャンペーンが国内外で目立ちはじめ、デジタルを活用しての「PR」メソッドも洗練されていくことになります。

 それと同時に、「デザイン」を中心に据えたブランディングにも注目が集まるようになりました。こうした時代の中、カンヌでは「デザイン部門」(2008年)や「PR部門」(2009年)が新設されていくことになります。

 「BMW FILMS」以降のトレンドの中で特に画期的だったのは、バラク・オバマの大統領選キャンペーンです(2009年のチタニウム部門でグランプリ)。従来型のメディアからSNS(Twitter)までを統合した選挙キャンペーンは新時代の到来を予感させました。

 2010年代。リーマンショック後の世界的変化を受け、また新たな動きが生じます。カンヌが長年用いてきた「国際“広告”祭」の看板を外し、「国際“クリエイティビティ”祭」へと生まれ変わったのもこの頃です(2011年)。

 当時、盛んに模索されたのは、「ものを売るための仕組み」や「企業とカスタマーが持続的にコミュニケーションを続けるためのサービス」をクリエイトする試みでした。

 カンヌでは、Twitterの企業アカウントをそのままカスタマーサービス(お客様相談窓口)として活用する「Twelpforce」(Best Buy/2010年)やスポーツ愛好家向けウェアラブルデバイス「NIKE+ fuelband」(NIKE/2012年)などが脚光を浴びます。

 これらに見られるのは、カスタマーと従業員がやりとりをする「場」や、ブランドそのものを体現する「デバイス(ユーティリティ)」をデザインする発想です。スマートフォンの普及も、こうした動きを後押ししました。

 同じ時期、最先端のテクノロジーをマーケティング施策に応用する実験的試みも目立つようになり、この時期には「モバイル部門」(2012年)、「イノベーション部門」(2013年)、「プロダクトデザイン部門」(2014年※のちに廃止)「クリエイティブ・データ部門」(2015年)などが新設されています。

 2010年代後半になっても新部門設立の動きは活発です。「SDGs部門」「クリエイティブ・eコマース部門」「ソーシャル・インフルエンサー部門」「インダストリー・クラフト部門」(いずれも2018年)、「クリエイティブ・ストラテジー部門」(2019年)、「クリエイティブ・ビジネス・トランスフォーメーション部門」(2021年)などが設立されています(賞の体系は、Q1に載せた「アワード・マップ」を参照してください)。

 トレンドとして分析するなら、現在は「持続可能な成長」と「事業戦略やビジネス変革」がカンヌの新しい関心事になっていることが、ここから見てとれます。

 カンヌの部門の複雑さ、曖昧さは、言い換えるなら現代の広告・マーケティング業界の多様性そのものでもあり、新設部門には時代のトレンドが色濃く反映されています。

 エントリーに際しても各部門の特徴を知ると同時に、こうしたアワードの歴史や時代の文脈を把握した上で、出品部門を選ぶことが肝要です。