2021.5.18 share

 LIONS GOOD NEWS 2021第2弾。当面、この連載はその時々で我々が気になった、なっている業界の内外の人へのインタビューと最近気になった「PR×CR」事例を紹介していこうと思う。今回はカンヌライオンズも間近ということで「ライオン」つながりの事例を紹介したい。動物界の頂点に君臨し、「百獣の王」として誰もが知るライオンさえ、実はその存在の継続が危ぶまれるレッドリストに載っていることをご存じだろうか。その主たる生息地域であるアフリカでは過去100年間で5分の1以下に減り、現在は2万頭を下回っているという。それには近年のアフリカにおける人口増加により、住宅地が開拓され続けた結果、ライオンの生息地に人間が入り込み、ライオンを殺害してしまうといった背景がある。そして2015年、ライオンはIUCN(国際自然保護連合)のレッドリストにおいて絶滅危惧種として指定された。

 毎年カンヌライオンズでも絶滅危惧種を救うためのプロジェクトが多数エントリーされており、その高潔な思想や、また企業が自社商品の仕様を変更してまでメッセージングするなどの姿勢に頭が下がる思いではあった。しかし、中でもこのライオンが絶滅することにより、まさに自身のアイデンティティが同時に消失する危機に直面する存在があるという。それが「ライオン」を自らの社名や商品に冠した企業なのだ。実際にライオンは全ての動物の中で国獣として選ばれる数が最も多く、彫刻や絵画、国旗をはじめ、現代の映画や文学などでも広く扱われる存在だ。「強く、勇敢に、業界に君臨する」といったイメージを果たすために冠したはずのライオンのイメージが、下手をすれば十数年後には消失してしまうかもしれないというわけだ。

 ライオンを救うことが、自らの存在を証明し続けることになる。そうしてこのプロジェクトはスタートし、また世界に仲間を増やしていった。

球団のアイデンティティを未来永劫(えいごう)守り抜け
埼玉西武ライオンズ:「SAVE LIONS〜消えゆく野生のライオンを救うプロジェクト〜」

周年が自らの存在意義を捉え直すきっかけに

 2019年、球団創設70年を迎えた埼玉西武ライオンズが一つのプロジェクトを立ち上げた。その名も「SAVE LIONS」プロジェクトだ。お察しの通り、『SAVE』と『SEIBU』という、日本語で同音になる語を使った、いわゆるダジャレに類するプロジェクト名だがその目的は崇高だ。周年という機会は自社の存在をいま一度見直す良いきっかけとなる。埼玉西武ライオンズも球団創設70年を迎え、その先の自身の存在をどう位置付けるべきか悩んでいた。これからの時代、プロ野球というスポーツ競技であり、またエンターテインメントでもあるこのマーケットはどうなるのか。それは事業活動の一つでありつつも、一方で世の中が明るく活発であってほしいという人々の希望を背負い、若者たちにスポーツヒーローになるといった夢を提供できる場所であるべきとも考えていた。

 そもそも球団を運営する西武ライオンズをはじめとする西武グループは、以前からCSR活動に積極的だったこともあり、球場のある地元市民らと共にさまざまな社会活動をしてきた経験もあった。日本最大のホテルチェーンや鉄道会社、不動産会社を持つ西武グループは街やコミュニティづくりにも腐心してきていたわけだ。ゲームをプレーし、またそれを観戦するファンと一緒に、何か未来に向けた活動ができないものか。そんな構想からこのプロジェクトは始まった。

創設70年から100周年、そしてその先へ

 目標に掲げたのは球団の永続的な発展。まずは30年先の球団創設100年を無事迎えることを目指そうとするが、そこで一つ問題が浮上する。それは球団のアイデンティティでもあるライオンが実は絶滅危惧種に指定されており、30年先まで存在し得るのかどうかということ。ライオンといえば、百獣の王として広く知られる、生態系の中でもトップを張る存在だ。だからこそ球団名としてライオンを冠したのだ。ちなみにそのロゴは、世界的に有名な漫画家である手塚治虫氏に特別に依頼してデザインされたもので、強さを象徴するのみならず、親しみやすさとリーダーシップも表現されていた。それなのにそれが絶滅の危機にあるなんて。そこで埼玉西武ライオンズは自身のアイデンティティを末永く維持するため、ライオンの救済に打って出ることにした。

 そもそも球団としては、球場への来場者を増やしていきたいという目標もあり、スポーツ面以外のところで埼玉西武ライオンズが報道されることが、ファンへのエンゲージメントを一層高めることも期待していた。仕組みは極めてシンプルだ。ホームゲームで球団の選手が打つホームラン1本ごとに1万円をライオンの救済団体に寄付していくというもの。その保全活動は主にアフリカで行われており、寄付した金額はライオンと人間の衝突を防ぐためのパトロールや、サファリエリアでライオンを保護する防護ネットの設置などに充てられる。これらに加えて、ファンである子供たちを巻き込むイベントを通じてライオンの危機状況を伝え、別途寄付も募るなど活動は拡大していった。

活動は仲間を増やし、グローバル展開へ

 それまで親しまれてきたライオンのロゴは、真っ白なブランクのライオンに変えられ、絶滅の危機に直面していることを訴えた。

 しかし、グローバル下の複雑な環境において発生するこの問題に対し、国内の一球団がそのような取り組みを始めたとしても高が知れている。もっと大きな枠組みで、そしてグローバルな展開ができないか、チームに夢が広がっていった。より多くの仲間を募るべく、もろもろ調べてみると「ライオン」を冠するスポーツチームや企業・団体が意外に多く存在することが分かった。西武ライオンズ同様、「ライオン」のイメージを自らに冠して活動しているのだから、きっと同じ思いを持っているはず。何かしらの旗を揚げ、この仲間たちをグローバルで連携させることができればもっともっとその活動は広がるだろうとすぐにその姿は想像できた。

 このような連帯には、時に精神的なよりどころとなる支柱のような存在が必要だ。個々の都合にとらわれず、大きな目標をしっかりと持ち続けることができる客観的なリーダーが欲しい。そう思い悩むうち、プロジェクトチームはあるシンボル的存在にたどり着く。それがイギリスの名門、オックスフォード大学だった。オックスフォード大学の研究組織WildCRUは実は生物学において世界的にも極めて先端的な研究をしている機関で、これまでにも絶滅にひんするチーターやオオカワウソなどを保全するプロジェクトを手掛けてきているという。一スポーツチームとこのような取り組みをスタートするのは初めてのケースだということだったが、その先の賛同者を募りグローバル展開していくという構想に強く共感を抱き、早々の協力体制が組み上がっていった。

オックスフォード大学を中心に自律的な活動がグローバルに連携・連帯

 プロジェクトの宣言は日本で行われたが、その宣言にも同大学の広報担当者が参加、併せてすでに賛同を表明してくれていた台湾の野球チームやアフリカのラグビーチーム、またタイの航空会社であるタイ・ライオン・エアなどもメッセージを寄せてくれるなど活動は急速に拡張した。
 プロジェクトの宣言から半年で参加企業は10を超え、集まった資金は年間数十頭のライオンを守る保護ネットの購入を可能にした。ネットワーク化したライオンを冠する団体は互いに情報共有しながら活動は継続しているという。また、もう一つのもくろみであるファンの球場への来場数も増え、前シーズンよりも6万人増加するなど結果に貢献した。

 いわゆる「レッドリスト」に掲載される絶滅危惧種を救うための活動はあまたある。環境破壊による生態系の悪化を食い止めたい、種の保存は人間の義務だといった大義が踊る。もちろん大きな目標として、それらを背景に活動することはとても良いことだが一部の人間がそれを声高に叫び、また中心となって推進しようとしても、どうしてもさまざまなコンフリクトが生まれてくる。正義のための活動をしている各NGO/NPOでさえ、そのゴール達成のためのプロセスが異なることから協働できないこともあるくらいだ。しかし当該プロジェクトのように大義を共有しながらも、個々の組織体がアメーバ的な動きで、それぞれの置かれた立場で最適な活動をしていくという体制は、こういった制約を局所的に乗り越え、継続させていく力があるかもしれない。意志や気持ちの緩やかなつながりが空間を超え、そのしなやかな対応力で成果へと着実に歩を進めることができる。

 オンラインコミュニケーションが定着してきた昨今では、形式張らず、このようなこれまでの物理的な制約にとらわれない緩やかな連携と連帯が当たり前になっていくのかもしれない。不便に思っていた環境が、こういった側面で新たな価値づくりを推進することになるのならば、まさにそれがニューノーマルの世界だといえるだろう。

About LIONS GOOD NEWS
企画制作:dentsu CRAFTPR Laboratory