2021.11.12 share

 世界中で猛威を奮い続けているコロナウイルスのパンデミックにより、人々は先の見えない不安な日々を過ごしている。物理的にも精神的にも「分断」を強要され、対面前提で属してきた会社や学校などの社会的コミュニティはリアルで会うことが難しくなり、これまでに経験のない最小単位数を保ちながらの行動や生活が続いている。それでも人々は、コロナとともに生きるための新常識を模索し、何とか繋がろうとしている。

 このような状況がすでに2年近く続く中、コロナ禍で露呈したことのひとつに、文化に対する意識の違いがある。とりわけ、芸術家を取り巻く環境については、いくつかの国では声明を発表しメディアでも報道されるほど重要視されていることに驚いた人も多いだろう。ドイツのモニカ・グリュッタース文化相は「アーティストは今、生命維持に必要不可欠な存在」と断言、また、イギリスのボリス・ジョンソン首相は「劇場や美術館は我が国にとって心臓の鼓動のような存在である」とコメント、その支援姿勢を明らかにするとともにスピーディな経済支援も行われた。

 一方、日本では、アートに関わる各種の催しが不要不急とされた。多くの美術館やコンサートホールは閉鎖、展覧会や音楽会も軒並み中止されるなど、約8割の芸術家が活動できず収入減に陥っている、というデータもあり、アーティスト生命にも関わるような、経済的にも不安定な状態が続いた。しかし、そういった関係者への具体的な支援策は国から言及されず、我慢を強いられる環境であった。

 こういった違いは、国家や宗教が芸術と密接な関係にあったヨーロッパとは歴史的な背景が違うこと、そして日本が欧米諸国に比べて芸術への理解や支援が乏しいことなどが起因している。海外では、コロナ禍の中、日本の何倍もの資金投入に加え、リモートでの美術館案内など技術を駆使した取り組みも行われ、芸術家たちに新しい発表の場づくりや育成に重きをおいた支援を続けていることも報道されている。

 国が動かない日本では一体誰が動くのか。芸術家たちが苦しむ中、社会や地域を変えようと強い意思を持って行動した、東京芸術大学教授でクリエイティブディレクターでもある箭内道彦氏に話を伺い、彼がこのコロナ禍で手がけた二つのイベントからこれから先のコミュニケーションとはどうあるべきかを考えてみたい。

■About 箭内道彦
博報堂を経て2003年に独立、自身の事務所「風とロック」を設立。広告領域に留まらず、自らが所属するロックバンド「猪苗代湖ズ」にてNHK紅白歌合戦へ出場、また映画監督やコミュニティFM「渋谷のラジオ」設立など多岐にわたる活躍を続ける箭内道彦氏。2015年には出身地である福島県のクリエイティブディレクターに着任し、その地域活性化を主導。その以前となる2011年より毎年現地開催してきた「風とロック芋煮会」は今年12年目を迎え、コロナ禍での開催という制約を受けながらも、YouTubeなどのオンラインメディアを駆使した72時間ストリーミング放送なども携え、国内各地からの参加動員を促した。また2016年より美術学部デザイン科教授を務める東京藝術大学美術学部では本年、学長特命としてオンライン上でのアートフェス「東京藝大アートフェス 2021」を立ち上げ、コロナ禍で活躍の場を著しく狭めてしまった若手アーティストの発信の場を創出し、その支援とした。我が道を行く存在として見える箭内氏だが、そのコミュニケーションの根底には個々の相手をしっかりと見据えた上で、その反応を想像しアジャストしていく丁寧な姿勢が信条であるという。
https://michihikoyanai.com/

 行き詰まってしまった芸術家たちの創作活動を支援しなければ、と立ち上がったのは、箭内氏が教授を務める、日本で唯一の国立総合芸術大学、東京藝術大学だ。130年以上にわたり、日本の芸術教育研究の中枢として、優れた芸術家、教育者、研究者を輩出してきたその使命として、金銭的な支援だけでなく、日本のアートの行き先をサポートしていく必要があると考え、新たな環境でも芸術家に発表の場を提供し支援することを宣言した。

 2020年の夏にクラウドファンディングで集めた支援資金をもとに、2021年3月18日~5月17日までオンライン上で「東京藝大アートフェス 2021」が開催された。このフェスのプロデューサーでもある箭内氏は、「若手芸術家への支援を中心に動きつつ、コロナを機に、アートはどのような役割を持っていて、どうあるべきなのかと考えなくていけない」と語る。

 芸術作品をオンラインで展示するという、通常では行われない制約された中での新しい試みとなったことで、音楽や美術などのこれまであった領域の壁が取り払われ、融合を生み、表現の可能性を最大限に引き出す形となった。さらに、このオンライン上の展示では普段アートに関心がない若者をはじめ、より幅広い層との接点を拡げるためInstagramとの連携も試みられた。オウンドメディアだけではなく、皆が慣れ親しんだ拡散力の高いメディアを活用することでファンからの共感を、芸術家に直接届けることができるだけでなくインタラクティブなやり取りを行える環境が醸成されていった。

 「こういう新しい体験はリアルであれば絶対に出来ないことでした」のちに箭内氏が振り返った時の言葉にもあるように、コロナ以前は、制作や展示、審査がリアルで行われていたが、分断されてしまった環境の中で芸術家は新しい表現を探究し、これからの繋がりを見つけ出そうと、積極的な行動を起こした。オンラインならではの想像性溢れる創作、ソーシャルメディアを活用した芸術家自らのプロモーション、全てが新しいアートの在り方への挑戦だった。

 「東京藝大アートフェス 2021」は、共感の集合体だ。

 審査員には、芸術家に支援をとクラウドファンディングを応援した、建築家の隈研吾氏、ファッションデザイナーのコシノジュンコ氏、シンガーソングライターのさだまさし氏など各界で活躍するオーソリティが参加した。それぞれの主領域を超えて各分野の若手芸術家の才能を評価することで、審査員間でもアートの領域をまたがるディスカッションが​​行われた。

 こうした東京藝大の動きに反応したのが、アートへの造詣が深く感度の高いグローバルメディアたちだ。日頃から海外の動向や社会課題に関心を寄せている中、コロナ禍における芸術家を取り巻く日本の環境については、行政の対応にもどかしさを感じていた。”メディアとしてこの動きに協力したい” 日本におけるアート界の状況を世に伝えなければという使命感を持ち東京藝大の活動に耳を傾けた、ForbesJAPAN、WIRED日本版、ELLE、GQJapanが全面的に協力した。主催の東京藝大、受賞作品そして芸術家を、それぞれ、ビジネスとアート、デジタルとアート、女性とアート、メンタルとアートなど、各メディアの視点でアートの可能性を紐解き、世の中に課題を投げかけるトッププライオリティ記事にし掲載した。箭内氏も「メディアが志に賛同してくれた」と言っているように、まさに共感からのアクションだった。これらのメディアからの拡散で、より多くの人へのリーチを獲得し、アートの意義や価値の拡張理解、さらには支援への気運をも高めた。

 このような動きが大きなうねりとなり、若手芸術家の活動や経済的側面での成果も現れてきた。若手の芸術家は、そもそもギャラリーとのネットワークがない上に、アート関連のアワードなどへのエントリー機会も激減していたため、「東京大藝アートフェス」は、注目されるチャンスの場でもある。フェスをとりまく動きを通じて世間に知られた番組への芸術家たちのテレビ出演、さらには、国内外の新進気鋭の若手アーティストを扱うことで話題の「biscuit gallery」(東京・渋谷)では、オーナーがアートフェスに連絡、東京藝大を卒業したばかりの芸術家の展示が同ギャラリーで催された。その後の動きに注目していたForbes JAPANがこの展示に関する記事を掲載したことで、世の中にさらなる波紋を投げかけ話題となり、展示作品の8割が売約に至った。このような反響を受けギャラリーは、この若手芸術家とアーティストマネージメント契約を締結した。

 「新しい力を、このアートフェスから世界に、未来に。オンラインが持つ可能性とともに。​​」

 箭内氏の言葉は、共感力とともに、新しい時代へのアートへの希望に溢れている。

 もう一つ、箭内氏が、彼の地元である福島で2009年から取り組んでいるイベントを紹介したい。毎年秋に福島県で開催されている、村祭り型ロックフェスティバルの「風とロック芋煮会」も、コロナの打撃を大きく受けた。

 県内のミュージシャンだけではなく各界の著名人やタレントなどの出演者も参加するこのフェスには、全国から福島県に多くの来場者が集まる。 会場を名物の芋煮汁の鍋に見立て、集まった具=観客とグツグツ煮込まれるという、観客と出演者の距離の近さをよさとし、リアルでの人のふれあいやそこから生まれるコミュニケーションを最も大切にしてきたが、コロナの感染拡大でイベントの自粛が続き、リアルでの開催を断念した。

 2020年は、箭内氏たちのこれまでの活動を応援してきた福島中央テレビが全面的に協力、6時間の放送を行った。そして、東日本大震災から10年の節目となる2021年は、リアルでの開催を切望していたがコロナ感染の状況が悪化したため叶わなかった。しかしそのような状況下にありながらも、前年よりもよいものを創りたいという思いは次第に強まっていった。その志に心を動かされた、福島の地上波放送局・新聞・ラジオ・オンライン・SNSなど、メディア各社が最大の枠を提供、計72時間も続くリアルではないフェスの開催となった。箭内氏たちの思いに共感し賛同した地元メディアの方が、いつもとは違う人たちと新しいことにチャレンジしたいという意気込みに溢れ輝いた。

 「新たな環境下での出会いから引き起こされた化学反応によって、これまでにないものが生まれてきている。」箭内氏の言葉にあるように、長期にわたり分断された環境におかれたことで、昨年までオンラインではできなかったことが今年はできるようになり、コミュニケーションも取れるようになった。急ではあったが環境の変化に適応してきている。もうすでに、まずは対面、難しければオンラインというような段階を踏んだ考え方ではなく、リアルではできない新しい何かに挑戦し、ハイブリッドで最大限によいものを作り上げていきたいと考え行動している。このフェスはそういった思いが詰まっている。

 過去に福島を訪れ「風とロック芋煮会」に参加した人も、今年初めて参加した人も、それぞれが持っている「あたたかな記憶」を共有し共感を確かめ合いながらオンライン上に集まった。「オンラインは対面の代用品ではない。人と人の繋がりやあたたかさはリアルでなくてもオンラインでもつくることができる。」

 「「風とロック芋煮会」を通して、集まりの関係性が具現化されている。誰とどう繋がっているか、繋がっていくのか、物理的ではなく「思い」が繋がっている。」と、箭内氏は語る。このイベントがもたらした優しさやあたたかさは、開催している72時間もの間、ソーシャルメディア上に溢れていた。

 コロナで、数年先の未来が一気に押し寄せたと言われている。なかなか変革できなかった日本は、今が最後のチャンスかもしれない。社会の変化のスピードが遅いのであれば、自らが強い意思を持って立ち上がり動いてみる価値はある。志に賛同し共感する人は、よりよいものの創造を目指し一緒に動き出す。箭内氏が手がける、この共感の連鎖からなる、共創のコミュニケーションは、これからの時代、社会や地域を動かしていくのに欠かせない要素となっていくだろう。個や社会がどう変わるのかを読み、これまでの習慣と新しい可能性にどう向き合っていくのかを十分に考えながらも、思いや繋がりを通じて周囲をどうやってあたたかく巻き込むかが、新しいコミュニケーションを創る上で最も重要になってくるだろう。

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