戦略こそクリエイティビティを持つもの-カンヌライオンズ2019 クリエイティブストラテジー部門から見た戦略の可能性

清水武穂(しみず・たけお)
デジタルクリエイティブプロダクションの起業・経営、AKQAを経て、現在アクセンチュアインタラクティブにて活動。
企業・事業において成果を創出するブランドデザインを牽引し、グループ内デザインファームFJORDでグループブランドデザインディレクターを兼務。   

    私は、カンヌ国際クリエイティビティ・フェスティバル(以下カンヌライオンズ)2019で新設された、クリエイティブストラテジー部門の審査員を務めた。コンサルティングファームの視点で、現地で感じ取ってきたことを、当時の熱量そのままで共有したいと思う。
    19年4月末のゴールデンウィークあたりから、オンライン審査が始まった。今回審査を担当したクリエイティブストラテジー部門は、エントリー数は約850作品。10人いる審査員のうち、7人が有名広告代理店のChief Strategy Officer(最高戦略責任者)で構成され、3人はコンサルティングファームのメンバーであった。この10人が、結果発表までの数日間、窓もない密室で一体何を議論したのかを共有したい。

 

 

窓もない部屋から見えた世界の潮流

    クリエイティブストラテジー部門とは一体どんな部門なのか? まずはカンヌライオンズのWebサイトに記載されている文章をそのまま抜粋すると、“The Creative Strategy Lion will celebrate the idea behind the idea, how strategic planning can redefine a brand, reinvent its business, and influence consumers or wider culture.” (クリエイティブストラテジーライオンは、背後にあるアイデアと戦略的なプランニングが、ブランドを再定義し、そのビジネスを再発明・再創造し、消費者やより幅広い文化に影響を与えることができるかどうかを評価する。)と書いてある。実際の議論では、「戦略」そのものが起爆剤となり、「ブランドやビジネスのチャレンジに大きく寄与したか」「そして実際の施策そのものが、その企業全体、さらには業界に影響を与えた か」「短期的ではなく中長期的な視点を持って取り組んだか」が主な評価ポイントとなった。つまり、クリエイティブのアイデアも評価するが、一番評価するのは「戦略そのもの」であるということだ。
    戦略の語源は「戦わずして勝つこと」だ。戦略の力でクリエイティブを唯一無二のものに昇華させ、最短最速で顧客にリーチさせ、エグゼキューションを最安で実施し、最長最大の効果を出し、ブランドのチャレンジを克服し、新しいビジネスパーセプションを獲得できたのか。クリエイティブストラテジーの審査は、まさに「戦略そのものが持つクリエイティビティを評価する場」であった。私は、アク センチュアインタラクティブという立場も踏まえ、“reinvent its business(そのビジネスを再発明・再創造したか)” という部分を意識的に重視しながら、本審査で議論を行ってきた。
    それでは実際の受賞作を紹介しよう。部門初のグランプリとなったのは、VOLVOの「VOLVO The E.V. A. Initiative」。女性が運転中に怪我をする確率は、男性よりも高いというデータがある。大きな要因の1つとして、ほとんどの自動車メーカーが、衝突テストで成人男性をベースとしたダミー人形だけをいまだに使用している。つまり、性別によって安全性にも差があったのだ。その差をなくすために、妊婦なども含めた様々な体型の成人女性をベースとしたダミー人形を使用して衝突実験を行い、実験現場の性差をなくすことで「常に安全でなければならない」という企業理念を体現している。
    また、VOLVOは、1970年から4万台以上の車と7万人以上の乗客からデータを収集し、分析を続けている。それを自社のためだけに活用するのではなく、自動車業界の競合他社も各種開発に活用できるように共有したことも特徴だ。     このケースの特筆すべきポイントは、「性別差」を切り口に「顧客全体の安全」に拡張させ、短期から長期の取り組みに変えて自動車業界全体の慣例や文化に影響を与えたこと、自動車がもたらす顧客体験向上のエンジンになったことが、グランプリ選出にあたっての大きな判断軸となった。また、この施策以降、国内外あわせてGender Equality(ジェンダー平等)の取り組みが非常に増えたように感じた。つまり「文化を前進させた起爆剤」とも言える。

 

 

審査から見えた3つのポイント

 審査員たちと度々議論になったポイントを3つ紹介しよう。
 1つ目は「目的のサイズ」。今回、「Purpose(目的)」という言葉がこの審査で最も多く出たキーワード。それぞれの作品が持つ「目的のサイズ」が一体どのくらいなのか、ということだ。仮に「たくさんシェアされること」という目的は、「自社を好きになってもらう」という目的に変換することが可能であり、さらに俯瞰すれば「自社が社会に何かを提言する」というレベルにまで目的を昇華させることができる。つまり、クライアントのパートナーとして彼らの景色を変えることが可能になるのだ。目的のサイズ設定が、アウトプットの大小を左右する大きな問いかけになるのは間違いない。また、結果として企業の運命そのものを左右する重要な判断とも言える。
 2つ目は「文化・文脈からのアプローチ」。前提として、企業がコミュニケーションする相手は「顧客・消費者」である。だが彼らは、国籍・人種・性別・宗教・趣味・日々の興味など、一人ひとり異なる背景を持った「ひとりの人間」であり、彼らは日々様々な文化や独自の文脈の中で生きている。VOLVO-The E.V. A. Initiativeは、まさに「ひとりの人間」=「女性特有の文脈」から顧客全体に波及した最たるケースと言える。
 3つ目は「CxOイシューかどうか」。これは1つ目の「目的のサイズ」をどう設定するか、という話に関わってくる。目的のサイズの大きさ次第では、マーケティング部門だけではなく、による決裁が必須になる。今回受賞した作品の中には、不可避な社会問題と向き合う施策がいくつも存在していたが、それらはマーケティング部門だけではなく、CxOによる決裁が必要になるものばかりだった。つまり、企業自身がある程度のチャレンジを行うためには「CxOイシュー(CxO案件)」に昇華させることが必要であり、CxOを巻き込んでこそ、目的そのものを拡大させ、よりインパクトのある施策が実現可能になると言える。

 

 

評論して「理想」で終わるか、それとも行動して「実現」させるのか

 少し個人的な話だが、今はアクセンチュアインタラクティブという場で、以前に広告業界にいた頃とは異なるクリエイティブアプローチで仕事を行っているものの、やはりクリエイティブは楽しいものだと再認識した。だが、広告業界を離れ、コンサルティング視点で改めてカンヌライオンズを俯瞰してみると、自分が広告業界にいた頃から「進化したもの」「停滞しているもの」、それらがよりクリアになったということは事実であり、自分としての課題も見えた。つまり、カンヌライオンズは我々の本当の課題を顕在化させ突きつけてくる。
 「広告業界vsコンサル業界」と言われることもあるが、対立ではなく、いかに日本の企業やブランドを強くしていくのか、いかに世界で戦えるようにしていくのか、どうしたら世界中の人が必要とするのか、ということに注力すべきだと思う。そのためにはこれまでの通例にとらわれず、ビジネスを再定義・再創造して、海外を羨む他人事的な「理想」を求めるより、その「実現」に向けて自らアクションしていかなければならない時期に差し掛かっているのは言うまでもない。

  ※CxOとは、CEO(Chief Executive Officer)=最高経営責任者、COO(Chief Operating Officer)=最高執行責任者、CMO(Chief Marketing Officer)=最高マーケティング責任者、CSO(Chief Strategiy Officer)=最高戦略責任者など、“Chief~Officer”と表記される執行責任役職の総称。
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