【イチからわかる カンヌライオンズ⑦】「現実の鏡」としてのカンヌ。 トレンドの変遷を振り返ってみよう。

 カンヌライオンズの“そもそも”論からを皆さんにお伝えしていく連載の第7回目をお届けする。前回に続いて取り上げるのは、カンヌライオンズにおけるトレンド。カンヌの受賞作や話題作には、その年ごとの、あるいは数年続くトレンドがあると言われる。今回も、その歴史をざっと振り返ってみよう。(多摩美術大学美術学部教授 佐藤 達郎)

<新型ウィルスの影響で、10月開催へ変更される予定だった2020年のカンヌライオンズは結局“中止”となり、次回開催は2021年6月が予定されています。ちなみに、もともと開催予定だった6月下旬には、オンラインでのLIONS Liveが開催されました。>

 広告コミュニケーションのトレンドは、世につれて、変化していく。カンヌライオンズの受賞作も、その変化を写し取って変わっていく。その意味で、カンヌは「現実の鏡」だと言える。この「鏡」を丹念に追って行くと、広告/マーケティング業界の流れがクッキリと見えてくる。

データ・クリエイティブの流れにも注目。

 ここ数年の受賞作の中には、データ・クリエイティブとでも呼べそうなものが一定数含まれている。それは見た目が“データっぽい”ということではなく、データの新しい活用法で初めて可能になった広告コミュニケーションということだ。2015年からはクリエイティブ・データ部門というそのものズバリの部門もできた。ここでは、この流れの走りとも言える2014年ダイレクト部門グランプリ受賞作を紹介しよう。英国航空の「MAGIC OF FLYING」だ。


英国航空Magic of Flyingの事例

 ロンドンの繁華街、ビルの上層階部分にあるデジタルサイネージ。そこには小さい男の子が映っている。英国航空の飛行機が上空を通るとその男の子は、頼りない足取りで飛行機を追いかける。男の子の脇には、その飛行機の便名と行く先が表示される。道行く人が見上げると、リアルな飛行機とデジタルサイネージ上の男の子がリンクして興味をそそられる、という企画だ。

このMAGIC OF FLYINGは、上空を英国航空の飛行機が通ると、その飛行機からのGPSデータをキャッチし、自動的に男の子が追いかけ、飛行情報まで表示する。データの新しい活用をベースにして、“飛行機への憧れ”というエモーショナルなコミュニケーションにつなげた点が高く評価された。

ここ数年のカンヌを席巻する“ブランド・パーパス”

 さて、前回ご紹介した“ソーシャル・グッド”は、今や“ブランド・パーパス”と呼ばれる流れに受け継がれている。ブランド・パーパスは、「ブランドの(世の中に対する)存在意義」といった意味合いだ。この2つの違いをごく簡単に言うと、前者は、誰が見ても世の中に良いことを題材にしたものであったのに対して、後者は、賛否両論がある事柄にブランドが分け入った例だと捉えることができる。

 ここでは2019年のアウトドア部門グランプリを受賞した事例をご紹介しよう。ナイキ社が著名なタグラインである“Just Do It”導入30周年を記念して展開した「Dream Crazy」である。


ナイキDream Crazyの事例

 この事例は多くのスポーツ選手を起用し、制作されたコンテンツも多岐にわたるのだが、最も注目を集めたのは、アメリカン・フットボールのコリン・キャパニック選手を起用したものだ。キャパニック選手は、人種差別反対の言動が原因で契約を解除され、2年間プレーをしていない元スター選手。このキャパニック選手の起用を巡って、反対派が自分のナイキシューズを燃やし、トランプ大統領がツイッターでナイキ批判をし、ナイキの株価は3%下がった。しかし、何人かの著名人がテレビなどでナイキの姿勢を応援し始め、徐々に売り上げも回復、株価も史上最高を記録した。

 この事例は、ナイキが自らのパーパス(存在意義)を強烈に主張したものだと考えられる。Just Do Itというキーワードで示されているような「困難に負けずに、(信じることを)やろう!」というパーパスをコピー化した“Believe in something, even if it means sacrificing everything(何かを信じよう! たとえ、そのことですべてを失うことになったとしても。)”を表現するために、ナイキはある種のリスクを冒してまで、賛否のあるキャパニックを起用したのだろう。

一方で続く“軽妙志向”の存在も無視できない。

 こうした事例をご紹介すると、「カンヌってなんだか重々しいな」という印象を持つ方も少なくない。だが、一方で、思わずクスっと笑ってしまうような“軽妙志向”とでも言えそうな受賞作も、それなりに気を吐いている。私自身は、「広告コミュニケーションの基本」の一つだと感じているので、こうした軽妙志向のものが評価されることは、大歓迎である。ここでは、2018年フィルム部門グランプリ受賞の「It’s a Tide Ad.」をご紹介しよう。

 Tide(タイド)はアメリカでは有名な洗剤のブランドだ。この広告は、テレビCMの祭典でもある“スーパー・ボウル”で流された。スーパー・ボウルは、アメリカン・フットボールの全米一を決める決勝戦で、すさまじい視聴率の高さで有名である。従って、各ブランドはこぞって力の入ったテレビCMを制作し、30秒枠4億円とも言われる料金を支払って放映する。

 このスーパー・ボウルでTideが行ったのは、一種のパロディーCM。いかにもクルマのCMらしいシチュエーションや、いかにもビールのCMらしい場面を描いていくのだが、通常と違っているのは着ている洋服が“異様に”キレイなこと。そして最後に“洋服が素晴らしくキレイだから、これはTideの広告なんだ— It’s a Tide Ad.—”とメッセージした。軽妙な作戦で、スーパー・ボウルのどのテレビCMを見ても、ついついTideを思い出すというような状況を作り出したと言われている。


タイドIt’s a Tide Ad.の事例

 


 この連載では数回にわたって、「カンヌライオンズ」の歴史と現状について解きほぐしていく。連載が終わる頃には、読者の皆さんそれぞれに、「カンヌライオンズとの正しい付き合い方」が身に付くことを願って!


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