「アート思考」と 〈広告知〉 -企業コミュニケーションの視点からの考察-

青木貞茂(あおき・さだしげ)
1956年生まれ。79年立教大学経済学部卒業。広告会社勤務後、同志社大学教授などを経て、2013年4月より現職。日経広告研究所客員。[著書]『文化の力』『文脈創造のマーケティング』など。

経営における「アート思考」の意義と必然性

 現在、経営、マーケティングの領域において、アートあるいは「アート思考」の重要性が認識され始めている。その要因としては、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の時代において、経営が求めているのは新たな価値創造を実行できるビジネスモデルであり、業界の慣習や当たり前にとらわれていたら、この変革の時代に生き残れないという切実な問題意識からであると推測される(1)

 すでに一部企業では、「アート思考」を事業や人事研修などに取り入れている。日本マイクロソフトが、2019年に人材育成に向けて「Art Thinking Improbable Workshop for Flags!」を開催。参加者は「アート思考」を学び、制作した作品が展示された(2)。住友商事は、20年11月にアートプラットフォーム事業、およびアートコンサル事業を展開するThe Chain Museumに対して、様々な領域で「アート」を通じた感性にアプローチする事業を展開するための出資を発表した(3)。資生堂は、19年から社員のアートへの参加プログラムを本格化。アーティストと創作を行い、若手作家の公募展を主催し、社員が選考委員を務めるなどした(4)

 改めて、経営において「アート思考」が注目されているのは、サステナブルな企業を創造するためには、未来を見据えて革新性や創造性を発揮しなければならず、従来の戦略型MBA思考とは別種の〈知〉が重要であるという認識が共有されてきたからと言えよう(5)

 また、「アート思考」が経営に取り入れられる社会・経済環境の文脈は、企業の存在形態がより高次の活動に変化してきたことによる。DXは、製品開発やサプライチェーン、物流、決済方法などのハードインフラを変容させるだけでなく、ブランディング、企業コミュニケーションなどのソフトインフラも大きく変えていく。そして、AIによる企業活動の効率化は、「人間が何をすべきか」「人間の労働の価値とは何か」「より根源的にはAIにできない創造性とは何か」という、人間にしか実現できない独自性を探求することにつながっていく(6)

 このような中で企業は、社会において無機質な利益追求の組織体ではなく、一個の人格=企業市民として評価され、自らの社会的な存在意義を明確化しなければならない状況となっている。SDGs(持続可能な開発目標)、CSV(共通価値の創造)など、企業は株主にのみ責任を持つのではなく、ステークホルダー総体に対して責任を持ち、社会や世界に向けて存在意義と倫理を問われる時代なのである。

 ステークホルダー資本主義は、19年のダボス会議において広く世界に向けて提唱され、アップル、アマゾン、GM、IBMといった、業界を代表する有力企業の180名のCEOが宣言にサインをしている(7)。その流れの中に、カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルで近年唱えられている「ソーシャル・グッド」や、「ブランド・パーパス」は位置づけられる(8)

 企業が唯一無二の社会的存在意義のある人格=企業市民として生き続けていくには、従来のボランティア的な社会貢献にとどまらず、企業のビジネスの中核的価値、ビジョンや価値観、人間観、世界観、美学といった内発的な動機と必然的につながり、企業が提供する商品やサービスそのものに最終的に結実することが求められている。いわば、マズロー心理学で言われる企業の人格上の自己実現の内容が明示されなければならない。

 そこで、「アート思考」が一種の触媒として経営に携わる人々の思考転換の駆動力になりえるのではないか、と注目されたのである。もちろん、「アート思考」は、イノベーションを起こすための発見方法としても有効ではあるが、単に新たな事業の開発方法、手段としてだけではない。「アート思考」の背景となる本質的な精神は、アーティストの人間観、世界認識、美学といった世界に対する態度、哲学といったおのれ自身の心のうちから必然的に生まれる動機に基づいて創造性を発揮するということである。

 自分の生きる世界に対して何ができるのかを問う時、まずは自分自身の見方や何に重点を置き、何を正しく美しく好ましいと思うのかが理解できなければ、多くの問題の中からどこに向かって価値提供するべきか、その価値提供によってどんな社会課題が解決することになるのかわからない。ピカソ、バンクシーに代表されるように、社会の問題に鋭く目を向け、表現していくような思考を、企業経営者のみならず企業人が備えなければならない。作家カート・ヴォネガットは、「アート」を鉱山労働者にいち早く有毒ガスの危険を知らせる「炭鉱のカナリア」とたとえた(9)。「アート思考」による世界認識は、敏感に社会の課題を発見し、危機を警告するのである。

「アート思考」と〈広告知〉の融合による「バリュー・コミュニケーション」

 ここまで述べてきた経営に関連する広い意味での「アート思考」が、広告にどのような影響を与えるのか。本稿では、「アート思考」と〈広告知〉、「アート」と「商業コミュニケーション」の架け橋について、単なる発想の道具・手段以上の重要性と意味にまで踏み込みたい。元来、広告とアートは密接な関係にあるが、ここでのアートは、狭い意味での美術やデザインの表現技術としてのアートではない。アートを生み出すアーティストが持つ創造的な精神、思考法のエッセンスを核に置くという意味である。広告のアート・ディレクションで用いられる、「美しく、わかりやすく伝える」表現技法と混同してはならない。

 以上のような「アート思考」の視点から見ると広告は、企業の一種の自己表現であると捉えられ、自己の内発的動機に基づき自身の価値観、人間観、世界観、美学によって一貫して行われ、それらを「明示化」するコミュニケーション行為であるということができる(10)。広告は、企業という人格の具体像を、インナー、アウターのあらゆるステークホルダーに向かって、自身の価値観、人間観、世界観、美学とともに示すものである。私とは何者であるか、どこを目指しているのかを明確に表現し、ステークホルダーに伝えるコミュニケーション活動の主軸なのである。

 「アート思考」は、問題を発見すると同時に、その問題の重要性、言い換えれば問題の価値を提示する。そして、〈広告知〉によって問題を「明示化」すると同時に、なぜその問題は私たちにとって重要なのか=価値の正当性を生活者の心の「理由の論理空間」(ネオ・プラグマティズムの哲学者セラーズが提唱した)に訴求する(11)。「アート思考」に密接に関連した広告とは、人間の心に訴えて価値を強化、あるいは、変革、創造するというコミュニケーション行為なのである。送り手側から価値の内容を定義して語ることで、受け手に価値の内容が伝達されるだけでなく、その後に「リレー的な談話空間」が形成され、レビューやSNSのクチコミ等が生まれ、それらを読んだ企業側の応答によって共創行為のような形で価値が共有化されていく。つまり、企業と生活者は、お互いに言語、シンボルを通じて相互コミュニケーションを行うプロセスの中で、徐々に双方が認める価値を明示化していく。これは、セラーズ哲学を発展させたブランダムの主著のタイトルでもある『明示化』のプロセスである。ブランダムは、これを「理由を求め、与えるゲーム」とも呼んでいる(12)

 例えば、「美しさ」について自身の主張する価値を「理由の論理空間」に定着するには、企業の信じる「美学」を広告によって表出し、生活者がこれを信じ評価し、その反応を企業がくみ取った上で、また広告を実行するというプロセスを長期的に継続していかなければならない。もし、科学のような実証中心の「因果(原因)の論理空間」の発想で考えれば、美の成分が何倍、保湿が何%アップなどの自然科学的な論理が必要になり、それを情報として伝達するという枠組みになる。しかし、何が美しいのかは、価値判断であり、価値観、人間観、世界観、美学に基づくものなのである。

 スポーツの価値も同様である。記録や勝敗、競技パフォーマンスは実証的に数値データとして把握できるが、スポーツの人生における価値は、信念、哲学、美学によって多様である。何かをデータによって実証して正しさを競うものではない。価値の再活性化、価値のリブート(再起動)、価値のエンパワーメントを行うには、「理由の論理空間」での定着、共有を効果的に行う「バリュー・コミュニケーション」が必須なのである。それを担うのが広告であり、「アート思考」の観点からは、価値の枠組みを問い、価値を明示化・共有する「バリュー・コミュニケーション」として定義される。

「アート思考」と〈広告知〉の融合事例分析(1)海外のケース

 「アート思考」と〈広告知〉の融合を考察するにあたって最良のケースの1つが、カンヌライオンズ2019年のアウトドア部門、スポーツ部門でグランプリ受賞を果たしたナイキの「Just Do It.」生誕30年を記念したキャンペーン「Dream Crazy」である。(図表1)キャンペーンは、開始から約1カ月後にSNSで約8000万人が視聴した(13)。このCMでは、元NFLサンフランシスコ・フォーティナイナーズ(49ers)のクオーターバック、コリン・キャパニックが起用された。キャパニックは、フットボールの試合の前に米国国歌が流されている間、膝をついた姿勢で警察の黒人射殺事件や人種差別に対する抗議を表明したことで、大きな論議と批判を呼び起こした選手である。「国歌を侮辱した」と当時のトランプ大統領が怒ったため、NFLもキャパニックの膝をついた姿勢を禁止、結果的にキャパニックは所属チームを解雇された。このようなアスリートを起用することで物議をかもすリスクを承知の上での起用だった。

図表1 「Dream Crazy」キャンペーン

出所)カンヌライオンズ公式ホームページ「The Work」より

 そして、CMのストーリーと内容は、「治安の悪い地域の生まれなら、ただのテニスプレイヤーになるな。史上最高のアスリートになれ」「ミスコン優勝かアメフト選手か。どちらかで迷うな。両方やれ」と、女子プロテニスの女王セリーナ・ウィリアムズなど、選手たちが実現させたクレイジーな夢が次々と紹介される。キャパニックは、ナレーションも担当して、クレイジーと言われる実現不可能に思えるような夢に挑戦しようとエンカレッジ(励ま)している。

 トランプ支持者に代表される保守派は、キャンペーンがスタートするや否やキャパニックの起用に怒り、ナイキのシューズを焼き払っている映像をSNSにアップし拡散した。ナイキの株価は下落し、論争を巻き起こしたが、激しい批判にもかかわらずキャンペーンを続行したことにより、不買運動すら起こった。それでもキャンペーンは中止されず、ナイキはぶれなく継続した。その後時間の経過とともに多数のセレブ、メディア、ファン層がナイキの姿勢を支持することを表明した。そして、株価はキャンペーン前を上回り、プラス成長、増収増益を果たした。

 有名無名のアスリートたちが夢や目標に向かって「Just Do It.」する姿を、30年以上にわたって広告し続けてきたナイキだからこそ、単なる口先に終わらず、ナイキの価値観を共有する強固なファンは、むしろ逆風の中でもナイキを支持し続けた。

 このような経過をたどった広告は、文字通りクレイジーと言えよう。このクレイジーというシンボル・ワードは、アップルの「Think Different」キャンペーンでも用いられている。アップルのCMは「Crazy Ones」と呼ばれ、ナレーションの中で「クレイジーな人たちがいる。」とピカソ、アインシュタイン、ガンジーなどを取り上げている。人間の卓越した創造性や不可能に挑戦するスピリットは、時としてクレイジーと言われるが、これこそ「アート思考」の本質でもある。

 「Dream Crazy」の続編とも言えるのが、「Dream Crazier(もっと馬鹿げた夢を見ろ)」である。CMは、偏見や差別と戦ってきた女性アスリートたちを取り上げている。このCMでは、セリーナ・ウィリアムズがナレーションを務め、男性中心のスポーツの世界で女性が活躍すると「クレイジー」と言われる。そのような中で、ひるまず様々な障壁を乗り越えてきた女性たちを讃え、これからも「Just Do It.」と鼓舞する内容となっている。

 これらの広告が示すのは、ナイキの哲学や信念、世界観、美学が口先のものではないという点である。このような広告を実施することが、どれほど勇気のいるクレイジーなものか、これこそが、行為遂行的な「アート思考」の企業コミュニケーションなのである。

 「アート思考」は、世界、社会に対して問題の所在を指摘し、理想をかかげ、その解決に向かってアートという表現行為によってぶれなく、美学に沿って取り組んでいく。たとえて言えば、スポーツにとって大切な「体幹」と同じ「心幹」あるいは「価値幹」を持つことなのである。「アート思考」に基づき、心が折れることなく長期にわたって粘り強く継続することが必要とされる時代なのである。

 同じく長期にわたって一貫して美の常識に挑戦し続けているのが、ユニリーバ・ダヴの「Real Beauty」シリーズである(14)。美の表面を飾る表現ではなく、ブランドの美学として行為遂行的に継続して展開され、公開されるたびに世界中で反響を呼ぶ話題の広告シリーズである。「女性にとって〝美しさ〟が不安要素になるのではなく、美しさと前向きな関係を築くことで、女性の自信の源になるような世界を築く」というダヴの広告は、自身の価値観、人間観、世界観、美学、内発的な動機に基づいてぶれなく継続して広告活動を行っている。

 そのスタートが、06年のカンヌ国際広告祭(当時)グランプリを受賞している「Evolution」で、普通の女性が、素顔からメイクや画像編集ソフトで加工され、人工的に美しくなるプロセスを暴露した(図表2) アートの技法によって人工的に美しくなるという裏側を暴露するというのは、狭い意味でのデザイン的アートの自己否定であるが、広告自身が自らのやり方を否定する、一種のコンセプチュアル・アートの思考法でコミュニケーションをした。アート思考の「問題発見」「課題提起」、そして従来の広告技法の「自己否定」による常識への挑戦が表現されている。

図表2 「Evolution」

出所)カンヌライオンズ公式ホームページ「The Work」より

 続いて継続した「Real Beauty」シリーズの「Sketches」は、13年に公開され、カンヌライオンズで、チタニウム部門のグランプリを受賞し、再生回数が1億3000万回を超えた作品である。
 ストーリーは、モンタージュ画家と女性がお互いの姿が見えない状態で、女性が話す自身の容姿の特徴を基に画家が似顔絵を描く。続いて画家は、同じ女性について第三者から聞き出した特徴に基づいた似顔絵も作成し、それを比較するというものである。(図表3)

図表3 「Real Beauty」キャンペーン「Sketches」

出所)カンヌライオンズ公式ホームページ「The Work」より

結果は、「自分の思う顔」より「他人の目に映る顔」のほうが美しく、自分の容姿を実際より醜く捉えていることが実験で示された。「You are more beautiful than you think(あなたはあなたが思っている以上に美しい)」と、あなたが自分の顔で欠点だと思っていたものが、個性であり魅力であることを提唱している。

「アート思考」と〈広告知〉の融合事例分析(2)日本のケース

 「アート思考」を反映した日本の広告の代表として真っ先に思い浮かぶのは、宝島社の新聞広告である。1998年の「おじいちゃんにも、セックスを。」から始まり、社会に向けて挑発的で過激なメッセージを投げかけ続けている。

 19年の企業広告のテーマは「噓」で、「敵は、噓。」「噓つきは、戦争の始まり。」(図表4)の2つが掲載された(15)。 フェイクニュースが堂々と流されて多くの人が信じ、ポスト・トゥルースの時代などと言われ、真実が噓に、噓が真実となる時代になってしまった。こんな時代だからこそ、真実の尊さと噓の恐ろしさに真剣に向き合うべきであると問題を提起している。

図表4 宝島社新聞広告

朝日新聞 2019年1月7日付朝刊


 続いて20年1月7日「次のジョブズも次のケネディも次のアインシュタインも、きっと、女。」(図表5)を日本経済新聞に出稿した(16)。この広告では、フランスの画家ドラクロワの代表作「民衆を導く自由の女神」をビジュアルに採用している。ナイキの「Dream Crazier(もっと馬鹿げた夢を見ろ)」と同様の問題提起である。次の世代において女性が希望であることを改めて宣言している。

図表5 宝島社新聞広告

日本経済新聞 2020年1月7日付朝刊

 日本の2つ目のケースは、17年から始まったそごう・西武「わたしは、私。」である。この「わたしは、私。」というキャッチコピーによるブランド・コミュニケーションは、80年代に「自分新発見」「おいしい生活」で展開された西武百貨店や、「裸を見るな。裸になれ。」を代表作とする石岡瑛子のPARCOの遺伝子を継承しつつ、「アート思考」を表現している。「わたしは、私。」というキャッチコピーには、「常識や当たり前の枠組みにとらわれないアイデアと、知見と意見を持ち寄る」百貨店になるという意志がこめられていた(17)

 第1弾は、樹木希林をキャラクターとして「年齢を脱ぐ。冒険を着る。」というキャッチフレーズだった(図表6)。年齢に拘束されない=常識にとらわれないファッションの、見えない枠への問題提起は「わたしは、私。」とともに展開された。18年元日は木村拓哉、19年は安藤サクラを起用したが、安藤サクラの顔にパイをぶつけた表現で批判もあった。しかし、ぶれなく「わたしは、私。」を継続して、20年の正月広告「さ、ひっくり返そう。」に、大相撲の幕内最軽量力士炎鵬を起用した。広告のボディコピーは、上から読むとネガティブだが、下から読むとポジティブになるという仕掛けがほどこされている。相撲取りにとって身体が小さいのは大きなハンディだが、逆転の発想をすれば、メリットもあり有利な部分もある。広告の主人公は、「逆境にあっても前向きに生きる象徴的なお客さま像=『わたし』」であるとし、「そごう・西武が、逆境に負けずに、自分らしさを追求するすべての方々を応援していきたい」とメッセージを述べている。

図表6 そごう・西武新聞広告

朝日・日本経済新聞ほか 2017年1月1日付朝刊

 21年の広告は「百貨店が売っていたのは、希望でした。」と題し、20年6〜11月のそごう・西武の百貨店11店舗の販売実績レシートをキービジュアルとした(図表7)。レシートには「自由に旅行できる日のために662人のお客さまが、スーツケースを購入された。(中略)生まれてくる命を、566セットのベビーギフトが全力で祝福した」とプリントされており、コロナ禍で様々な制約があった1年の買い物を「希望の象徴」と表現した。

図表7 そごう・西武新聞広告

朝日・日本経済新聞ほか 2021年1月1日付朝刊

 百貨店の高級イメージからほど遠い、単なる記録であるレシートの中に「希望」がある。百貨店の一般的な広告とは違う、当たり前の枠を取っ払った大胆な表現となっており、苦境の中でも変わらず自らの信じる価値を、ぶれなく主張し続けている。SNSでは広告を紹介したツイートは、2.4万以上のリツイート、13.6万のいいねと、好意的に拡散されている。

今後の「アート思考」と広告の可能性についての展望

 「アート思考」は、当たり前を揺さぶる「挑発」と、そこから自ら考える「創発」を促す思考法である。絶えず革新をし続け、価値につながる問題の所在を挑発的に提示すると同時に、それについて考えることと対話コミュニケーションを「誘発」する仕掛けとしての力を持つ。

 現代は、一般人を含めあらゆる人や組織が、世界中に向けてメッセージ、コンテンツ、表現を表出することができる。その中で企業は絶えず、唯一無二の存在、オンリーワンとして「これが美しい」「これにこそ価値がある」等と自己表出し、ステークホルダーの「理由の論理空間」に定着し続けなければならない。つまり、企業=私=個としてアート作品と同様の価値を創造する、「バリュー・コミュニケーション」を継続しなければならない時代なのである。

 「アート思考」の広告は、企業=「私」の価値観、人間観、世界観、美学を明示化する。そして、イノベーションを起こす徹底的な思考法に基づき、唯一のオリジナルの「個」の力で「バリュー・コミュニケーション」を実行する。美意識も哲学もない「個」にオリジナリティを求めることは困難であるにもかかわらず、これらは、現代日本企業になかなか理解されず、いまだに最も弱い点である。

 「アート思考」の広告は、ナイキのケースのように時として激しい批判を呼び起こすかもしれない。元来、アートには社会、人間、世界への懐疑や問題提起という毒が存在している。何事もなく見過ごされてしまうアートは、アートとはなりえない。したがって、「アート思考」によって組み立てられた広告表現は、批判する人が一定程度存在するような表現となる。それゆえ「アート思考」を取り入れる広告では、批判的な人々へ向かい合い、対話を引き受ける覚悟が求められる。

 その時、対話の語用論で言われる、対話相手のフェイス他者から思われたい肯定的自己アイデンティティ)を尊重する「ポライトネス・ストラテジー」に基づいて行うことが必要となる(18)。非常に大まかな言い方をすれば、対話相手の顔をつぶさず、尊重する話法や話体(談話体)によって友好的に対話を行う態度が求められる。相手の意見への反論、否定によって自分たちの表出した「バリュー・コミュニケーション」の正当性を主張するというやり方は、避けなければならない。しかし、その一方で批判や否定的意見によって条件反射的に謝罪や自己批判などを行うことも慎重にすべきである。対話相手に対して価値の多様性の観点からの共生、共存の了解可能性を求めて、折れない「価値幹」に基づいた「アート思考」と〈広告知〉の融合によるコミュニケーションを粘り強く行うことが望まれる。

<注>
(1)青山学院大学小林保彦先生の論考「2020年、『社会情報広告』を読む」『日経広告研究所報』310号(日経広告研究所、2020年4月)、および「広告『知』を考えるアカウントプランニング序論」『青山経営論集』第37巻32号(青山学院大学経営学会、2002年9月)より多大な示唆を受けた。また、立命館大学小泉秀昭先生の今号の発表前原稿も参考にさせていただいた。両先生に対して記して感謝したい。同『所報』310号に収録された拙稿「イノベーションを生み出すアートの価値と広告」、および博報堂宮澤正憲氏と私の対談「広告イノベーションにおけるアート思考」もあわせて参照されたい。
(2)加山恵美(2019)「イノベーションにはアートが必要だマイクロソフトの新しい人材教育『Flags!』」『Enterprise Zine』7月25日、翔泳社(https://enterprisezine.jp/article/detail/12289)。
(3)住友商事2020年11月24日「アート領域での事業展開を目指すThe Chain Museumとの資本業務提携について」(https://www.jiji.com/jc/article?k=000000744.000000726&g=prt)。
(4)「アートで仕事のアイデアを」『読売新聞』2021年1月21日付。
(5)アートとビジネス関連の書籍は、18年から21年2月までで18点が刊行された(アマゾンでの新刊数調べによる)。
(6)徳井直生(2021)『創るためのAI-機械と創造性のはてしない物語-』ビー・エヌ・エヌ新社、マックス・テグマーノ/水谷淳訳(2020)『LIFE3.0-人工知能時代に人間であるということ-』紀伊國屋書店、を参照。
(7)クラウス・シュワブ(2020)「資本主義を救う改革を―株主資本主義からステイクホールダー資本主義へ-」『フォーリン・アフェアーズ』2月号。
(8)「特集:サステナブル社会では、パーパスのコミュニケーションは必要なのか?」『日経広告研究所報』309号(日経広告研究所、2020年2月)。
(9)カート・ヴォネガット/飛田茂雄訳(2008)『ヴォネガット、大いに語る』早川書房。
(10)拙稿「〈広告知〉あるいは人間学としての広告学第1回~第6回」『日経広告研究所報』254〜259号(日経広告研究所、2010年12月~2011年10月)。
(11)ウィルフリド・セラーズ/浜野研三訳(2006)『経験論と心の哲学』岩波書店。
(12)Robert B. Brandom(1998) Making It Explicit : Reasoning,Representing,and Discursive Commitment,Harvard University Press.
(13)楓セビル(2019)「楓セビルのアメリカンクリエイティビティNOW!米国を騒がせたナイキのJust Do It. 生誕30周年キャンペーン」『ブレーン』2月号(宣伝会議)、河尻亨一(2019)「社会的メッセージ性の高い広告に効果はあるか?世界の潮流から考える」ヤフー・ニュース、7月19日(https://news.yahoo.co.jp/byline/kawajirikoichi/20190719-00134845/)、「世界のトップを獲った、広告クリエイティブ5作品」『ForbesJAPAN』ビジネス、2019年6月28日(https://forbesjapan.com/articles/detail/28134/1/1/1)。
(14)「なぜDoveの動画プロモーションは世界中で人気なのか?Doveが再定義する『真の女性の美しさ』」『Movie-times』ケーススタディ、2014年4月28日(https://www.movie-times.tv/purpose/buzz/4728/)。
(15)「【宝島社企業広告】『敵は、嘘。』『嘘つきは、戦争の始まり。』1/7掲載」『PR TIMES』2019年1月7日(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000795.000005069.html)。
(16)ブレーン編集部(2020)「宝島社、3つのテーマの企業広告を新聞5紙に出稿」『AdverTims』1月7日(https://www.advertimes.com/20200107/article305108/)。
(17)「UPTOWORKS:いま変化を求められる百貨店が放つ言葉」『ブレーン』2018年3月号(https://mag.sendenkaigi.com/brain/201803/up-to-works/012779.php)。
(18)ジェフリー・リーチ/田中典子監訳/熊野真理、斉藤早智子、鈴木卓、津留﨑毅訳(2020)『ポライトネスの語用論』研究社

twitter

ARCHIVE PAGE