カンヌライオンズから見た 日本における広告の課題

佐々木康晴(ささき・やすはる)
大学院にて情報科学を学んだ後、1995年電通入社。コピーライター、インタラクティブ・ディレクター、第4CRプランニング局長等を経て現職。カンヌ金賞のほか、D&ADイエローペンシル、CLIOグランプリ、OneShow金賞などを受賞。2019年カンヌCreative Data Lions審査委員長。

 新型コロナウイルス感染症の拡大で、数カ月先に何が起きるか予測しにくいコロナ時代。すなわち、数カ月前の情報すらあてにならない時代だが、時系列を示しつつ、世界のクリエイティブの変化を記録しておきたい。この原稿を書いているのは2021年2月。ちょうど、カンヌライオンズの地域版フェスティバルであるスパイクスアジア(Spikes Asia) アワードの審査が佳境である。
 私は今年、デジタル・モバイル・デジタルクラフト部門の審査委員長を担当している。この難しい年においても、全体の応募数は思ったよりも落ち込んでいない様子だが、日本からの応募はかなり減っているように感じる。
 そして全体の8割ぐらいの応募作が、コロナにまつわるアイデアになっている。この今年の傾向が何を意味するのか、後ほど考察してみたいと思う。まずは前回のカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル、すなわち2年前のクリエイティブ・データ部門の話から始めよう。2年前と今では隔世の感があるが、そこからもまだ学びはある。

データとクリエイティブの競演が必要

 カンヌのクリエイティブ・データ部門は、15年から始まった比較的新しい部門である。マーケティングにおけるデータ活用は浸透していたが、クリエイティブとデータの関係はまだ確立しておらず、そろそろ、その指針が必要とされている。

 クリエイティブ・データ部門では、審査委員長の役目の1つとして、審査基準を3つ提示した。
 1つめは、「Trans formative(変革的)なアイデアを褒めよう」ということである。クリエイティブなデータの使い方とは、売上を前年比より少しだけ増やす、ということにとどまらず、その企業、業界、そして社会の仕組みにも作用するような、変革的なものであるべきだからだ。
 2つめは、「Commercial(商業的)かつEmotional(情緒的)な価値を生み出すものを褒めよう」とした。データによりユーザーの心を動かすような価値提供ができるべき、ということである。
 そして3つめは、「Forward thinking Ethics(先進的な倫理)を持つアイデアを褒めよう」である。データを正しく倫理的に扱う事例を褒めることで、ユーザーが自ら進んでデータを提供してもいいと思える風潮をつくり出すのも、このカテゴリーの責任であると考えたからである。

 過去の入賞事例では、ただデータを使うことが目的となっているものや、話題性のためだけにAIを使ったものなども含まれていたが、19年はそこから一段階進み、データを使うことでクリエイティブをさらに高くジャンプさせたものを審査員のみんなで探し出せたのではと思う。

 グランプリには「Go Back to Africa」を選出した。ソーシャルメディア上に流れる「アフリカに帰れ」というヘイトメッセージを、素敵なアフリカへの旅行広告に載せ替えることで、アフリカを祖先とする人々の自尊心を取り戻す。ソーシャルメディア上のデータを活用して、アフリカを旅行するアフリカン・アメリカンの人々の写真を紹介しながら、旅行申込数を増やすことに成功している。ネットを行き交う悪しき情報を否定して新しい倫理をつくり、エモーショナルかつ大胆にデータを活用する事例だ。

 データを近視眼的に見ているだけでは、その課題のちょっとした改善程度のアイデアしか生まれない。クリエイティブの仕事は、新しい視点からデータに切り込みを入れ、今までにない価値を生み出すことである。従来型のクリエイティブだと、その場限りのお祭り的な、あとに何も残らないアウトプットになることもあるが、データとクリエイティブを正しく競演させることで、長期的に人が動く強いアウトプットをつくり出せるはず、である。日本にはまだそのような事例は少なく、これからの競演を期待したい。

アワード傾向から見える日本の課題

 19年のクリエイティブ・データ部門は、残念ながら日本からの応募が少なかったが、この部門だけでなくここ数年、日本の受賞は減る傾向にある。これにはいくつかの原因が考えられる。1つには、以前よりも「確実に売れる広告」が求められている、ということがあるだろう。賞をとるような、不特定多数の人が振り向く「かもしれない」アイデアよりも、適切なターゲットを適切に説得して確実に購入意向を高めていく、ファネルの遷移に重きを置く手法が優先される。もちろん、ファネルのロジックでつくられるアウトプットのすべてがつまらないというわけではない。しかし、そうした広告は、従来より効率が上がるというデータがあると、たとえそれが大して面白くなくても、それ以上に向上させる努力なしに採用・実行されてしまう可能性を持っている。

 日本の制作物が受賞しなくなっている理由はそれだけではない。ここ数年のカンヌライオンズが、表現アイデアやクラフトの戦いではなく、パーパスの戦いになっているということは、皆さまご承知の通りである。企業の存在意義を強く大胆な言葉で示し、それにユーザーが強く賛同し、その企業を代弁するように個々が発信して行動する。しかし、強く大胆な言動には必ず反発がある。ひとりでも不快にさせることを好まない、誇大な約束をするのを嫌う日本の企業にとって、この戦いで目立つのは難しい。

 そこに、20年のコロナ禍。ユーザー側にまた変化が起きている。ユーザーは楽しく買い物をする気持ちの余裕がなくなってしまった。そのかわりに、どの企業が本当に自分たちのことを考えているのか、どの企業と一緒にいることが、自分が生きるため、社会のためになるのか、を真剣に考えざるを得なくなった。そこで存在意義が見えない企業は、いくら商品が良くても選ばれにくくなってしまっている。先が見えない社会において、明るいほうに自分たちを引っ張ってくれる企業・ブランドが必要とされている。短期的なデータドリブンで効率を上げるやりかただけでは、求められるブランドにはなりにくい。

妄想・発明・実現のクリエイティブを再び

 21年のスパイクスアジアには、コロナ禍の影響下、ユーザーの気持ちに寄り添ったブランド活動が数多く応募されている。グローバルブランドの多くはさらに大胆で強いメッセージを発信し、ユーザーの不安を取り除く。日本の、気が利いた、しかし小さなアイデアは、そういう勇敢なブランドの発言のもとではますます勝てなくなっている。

 ではどうすればいいのか。日本企業は、きっとSayよりDoを大事にするのがいい。声高に口先だけ格好つけるのは似合わない。そのかわりに、遠くの明るい未来を示し、不安になっている人々をそこに導くような、画期的な商品・サービス・ブランド体験をつくり、それをそっとユーザーに差し出していく。しかしDoはSayよりずっと難しい。そのためには、今まで以上にユーザーの気持ちを理解し、テクノロジーを使いこなし、細部の手触りまでもが気持ちいいアウトプットを生み出す必要がある。そしてこれは、従来日本のクリエイティブが最も得意とすることでもある。

 データドリブンでユーザーを導く基本構造はしっかり保ちつつ、未来への妄想力を持って、ユーザーが今本当に欲しいと思う、心を揺さぶる体験やサービスを発明し、それを広告以外の方法も駆使して実現し提供していく。クリエイティブが広告表現の制作だけにとどまらず、生活のさまざまな場所で妄想・発明・実現の能力を発揮するようになれば、日本は再び世界で目立つ存在になるだろう。

 新型コロナウイルス感染症は、世界の人々に本当に難しいチャレンジを課しているが、制約があれば あるほどクリエイティブは輝く。今こそクリエイティブが大きく生まれ変わる機会でもあると考え、前向きに、社会を変えるような「面白い」ものをつくり続けていきたい。

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